新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

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 一旦アレクセルには部屋から出て貰い、代わりにローサを呼んで着替えの手伝いをして貰う。
 魔術師寮の一人部屋で長らく暮らしていた経緯もあり、当然自分一人でも着替えくらいできる。
 それでも公爵家の奥様として、毎朝着替えを手伝って貰い、髪を丁寧に梳かして貰うのが日課となっていた。
 やはり侍女に手伝って貰うのと、自分だけの力で身なりを整えるのでは完成系にかなりの違いが出てくる。特に丁寧に梳かれ、艶々になる髪の毛の仕上がりに至っては、雲泥の差である。
 寮生活時代のシルヴィアは、多少の寝癖は気にしない主義だった。

 準備が整うとダイニングに向かい、夫婦二人きりの朝食。
 バケットを食べ、お茶を飲み干したシルヴィアに向かってアレクセルは口を開いた。

「王宮での予定についてですが、昼頃に近衛のサロンへ来て頂けますか?迎えの者を手配致します」
「いえ、一人で大丈夫ですわ。場所も覚えましたし」
「しかし……」
「私も今日は王宮での用事が色々とありますし、捕まらなくて迷惑を掛けるわけにいきませんから」
「分かりました……」

 過保護なアレクセルはしぶしぶ了承してはくれたが、やはり少し不服そうだった。

 朝食を終えてアレクセルのエスコートの元、馬車へと乗り込む。シルヴィアが座席に座ると、その隣にアレクセルが座った。

 妙に距離を詰めてくると思ったら、それどころか身体をぴったりとくっつけてくる。そしてシルヴィアの華奢な手を、大きな手が包みこんで握りしめた。

「シルヴィアは出来ればずっと邸に居て欲しいと思っているのですが……いっそ邸の人間以外の目に触れさせないよう隠しておきたいと思ってしまう程。
 でも、こうやって一緒に出仕できるのもいいものですね……。お陰で憂鬱な朝の時間が、とても幸せな時間へと変わりました。この王宮へ向かう道中を、このように素晴らしく感じたのは産まれて初めてです」

「そうですか……」

(あ、甘い……朝っぱらからとても甘い……さっき飲んだ砂糖入りのミルクティーよりも甘いっ)

 落ちてきた声が既に甘いのに、加えて溶けてしまいそうな程熱い視線を浴びせられる。
 シルヴィアの甘さ摂取の限界値は、とっくに許容量を迎えていた。頭がくらくらする。

「はい。あ、でも宮廷魔術師の仕事を強制的に辞めさせようとは思っていませんから。私はシルヴィアの意思を尊重するつもりです。勿論下町へと足を運ぶ事も」
「下町……やはり旦那様は知っていらっしゃるのですね、私がたまにこっそり町へ出掛けていることを……」
「はい」

 昨日の出来事は既にセインから報告がいってしまったのは仕方がない。シルヴィアは観念するしかなかった。

 だがアレクセルがこのことを知ったのは昨日ではなく、結婚前に偶然見かけたのがきっかけであり、仕事で下町に行くたびにシルヴィアの姿を探している。なんて事は、シルヴィア本人を前にして言えない。

「昨日は下町で買い食……お食事を堪能しておりまして、そこで偶然旦那様をお見掛け致しました」
「確かに昨日私は仕事で下町にいました」
「仕事……」

 色々と勘ぐってしまいそうになるが、顔には出さないように気を付けつつ、頭の中でつい邪推してしまう。

(仕事ですか……派手な美女を同行して、果たしてどのような仕事だったのでしょうか?)

「それと、もう一つ信じてほしい話があります。私はギルバート殿下の近衛に昇進したと同時期に、父から家督を譲り受けました。これまでの自分は、女性に現を抜かす余裕なんて誓ってありませんでした」

 アレクセルの言葉には『シルヴィアと出会うまでは』やら『シルヴィア以外に』などと言う言葉が隠されている。
 勿論シルヴィアは知る由もないが──

 アレクセルは生まれた時点で高い身分に、恵まれた容姿などを手にしていたが、それに見合った能力を自身の力で高めてきた。

 若くして重圧を抱えている彼は、きっと周りに見えない努力を重ねてきたのだと、シルヴィアにも容易に想像できる。

「それに加え殿下はとても人使いが荒い」
「た、確かに……」

 この発言は説得力があった。
 日々王宮でのアレクセルの仕事ぶりを思い返してみると、アレクセルは公爵家の仕事に加え、彼曰く人使いの荒い王太子の近衛騎士という公務をこなしている。
 その仕事ぶりは近衛騎士の仕事の範疇に収まるのか、首を傾げる程多岐に渡る。


(確かに殿下の旦那様に対する人使いの荒さは相当な物よね、いくら旦那様が超人並みに何でもこなすからって……。言われてみれば公爵家の仕事と腹黒殿下のお守りを両立させながら、隠れて愛人遊びをこなしていたとしたら……逆に尊敬してしまうかも?いえ、愛人さんがいなくても十分に尊敬していますがっ)
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