新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

6

 翌朝──

 起床時間となり、起こしに来てくれたローサが遮光布を開け放つとシルヴィアは目を覚ました。室内に朝の陽光が差し込む。

 タッセルを纏める作業中のローサに、シルヴィアは声を掛ける。

「おはよう、ローサ」
「おはようございます奥様、ゆっくりお休みになられましたか?」
「ええ、とっても」

(とても爆睡でございました)

 シルヴィアは上半身を起こし、自身が眠っていた寝台を確認する。
 自分のみが使用した形跡しかない様子に、思わず安堵した。

「公爵様はいらっしゃらないのですね、昨日はお屋敷にも、お帰りになられていないのかしら?」
「いえ、とても遅くにお帰りになられて早朝に王宮へと向かわれました」
「そうだったの」

(ということは……私が爆睡しすぎて気付かなかった訳ではなく、公爵様は夫婦の寝室にはきっと入って来てない。やっぱり公爵様は私とは閨を共にする気もなければ、特に会いたくはないという意味かしら?)

 結婚する前に聞く勇気はなかったが、もしかしたら特定の気に入った愛人などがおり、更に跡取りはその人に産ませて養子にする可能性もあるかもしれない。

 ──やはり自分はお飾りの妻なのか

 現在の状況を鑑みて、シルヴィアは妄想を膨らませていった。
 元々シルヴィアは貴族として生きるのを捨て、魔導の道を歩む選択をしようとしていた程である。

 むしろ後継を求められないのは好都合──などと思ってしまう辺り、世間からすると自分は変わり者でズレていることも自覚している。

 新婚初夜に夫と過ごせなかった現実に、特に悲観することもなく、頭は別の問題に切り替わっていた。

(それにしてもお腹が空きました)


 そう、朝食についてである。

 アレクセルが既に王宮へ出仕したとなると、朝食の席はシルヴィア一人きりなのではと、そう推察出来る。

(一人でのお気楽快適な朝食が楽しめちゃう……?)

 既にシルヴィアの頭は朝食一色となっていた。

 ローサに着替えを手伝って貰う最中、はやる気持ちを抱えたまま疑問を口にする。


「あの、もしかして朝食の席ってわたし一人きりだったりする?」
「申し訳ございません、今朝は奥様一人きりの食卓となります……」
「そう」

(ひゃっほー!)

 申し訳なさそうなローサの返答を聞き、平静を保ちながらシルヴィアの心中は、小躍りしていた。


 一人で使うには明らかに広すぎるダイニングの席に着くと、新鮮な野菜のオードブル、卵、ベーコン、スープに何種類ものパンとフルーツなど、バランスの良い食事が用意された。

 一人きりでの食事には慣れているシルヴィアだが、執事の給仕に対し自分のみの食卓というのは初めての経験であり、妙な緊張感がある。

 何せ養子先の実家はいつも両親に兄、弟と妹と共に食事を取っていた。

 公爵家で取る初めての食事とあって、まだこの屋敷に慣れていないのだから無理はない。

 それでも一度食事に口を付けると、その美味しさに思わず頬を緩め、どんどん食べ進めていった。


 食事を終えると、再びローサによって別のドレスへと着替えさせられる。

 宮廷魔術師となってからは、着替えは一人でするのが当たり前だった。

 そしてこのように、一日のうちで着替えを何度もすることもなかったが、公爵夫人となったからには当然の日課となる。

 例えお飾りの公爵夫人でも、最低限の役割は果たさねばならない。

(公爵邸にいる時くらいはちゃんとしておかないと……タダ飯ぐらいとでも言うのでしょうか?)


「奥様、お屋敷内と御庭をご案内させて頂きます」
「ありがとう。楽しみだわ」

 広い屋敷内を大方案内して貰うと、最後に庭園へと足を運んだ。

 広大な庭園には白い四阿や噴水もあり、季節の花々が見事に咲き誇っている。庭師によって手入れされた庭園は芸術そのものであり、薔薇のアーチをくぐった先には見事な薔薇園も広がっていた。

「奥様、そろそろ休憩に致しましょう。そこの四阿に用意致しますわね」

 屋敷と庭園を一通り歩いた事により、丁度喉が渇いていたので、ローサの提案にシルヴィアは歓喜した。
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