新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

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 シルヴィアを馬車に乗せて、国境を越える準備にかかるアレクセルは、辺りを見渡した。すると敵が手にしていたであろう武器の数々が、一箇所に集められている事に気付いた。それも大量に。

「何だあれは……?追い剥ぎでもしていたのか?」と首を傾げた。

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 グランヴェールの東側に位置するフランベルク。町は囲うように高い壁に覆われ、石造りの城塞がそびえ立つ城塞都市。

 王太子付き近衛騎士団一行は、フランベルクの城塞都市へと滞在する事となった。
 一週間もすれば国境まで、フレリアの騎士団が、セティスを始めとする少数の近衛騎士と共にレティシアを送り届けてくれる事となっている。


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 シルヴィア達が到着した次の日に、ギルバートもこの城塞へとやって来た。
 何でも、離れていた婚約者のレティシアと早く再会する為に迎えに来たらしい。

 王太子が辺境のフランベルクまで足を運び、婚約者を迎えに来ることによって、フレリア王家の血を持つ令嬢を蔑ろにするつもりはないと、誠意を示しているように受け取られるだろう。
 だが、レティシアに早く会いたいという思いは、ギルバートの本心だった。

 ギルバートの待つ、漆黒で塗り固めた執務室へとアレクセルは訪れた。
 室内はオーク材の家具に、飾りは騎士盾くらいしかない、シンプルな内装となっている。

「失礼致します」
「ご苦労だったな」

 ギルバートはいつも通り余裕ぶった表情を浮かべ、アレクセルを執務室へと迎え入れた。

「何故かレティシア嬢の影武者役を、王都にいるはずの私の妻、シルヴィアが務めていたのですが?」
「可愛い妻に、遠い地に来てまで会えて良かったではないか」
「そろそろ殴りますよ?」

 冷ややかに見下ろすアレクセルに、流石に身の危険を感じたギルバートが、腕を前に出して制する。それでもアレクセルは、表情一つ変えない。今はギルバートの真意を確認せねばならないと。


「待て、話を聞け。近衛騎士団、団長であるお前に殴られれば、王太子である私も流石に吹っ飛ぶ」

 吹っ飛ぶ事と、王太子である事に何の因果関係があるかは分からないが、嘆息したアレクセルは、淡々と疑問だけを並べていく。

「殿下、貴女はシルヴィアを妹のように可愛がられていると思っておりました。それなのに、何故このような危険な任務に、シルヴィアを選んだのですか。
 これは我が公爵家を、軽んじていらっしゃると考えさせて頂いても、良いという事ですね?」
「待てと言っている」
「そもそも何故、シルヴィアを私の妻へと充てがわれたのですか?」
「それはお前が、貴族令嬢としてのあの子ではなく、本来のあの子を気に入ったからだよ。
 貴族令嬢として普通に振る舞うシルヴィアなら、結婚の申し出も引く手数多かもしれないが」
「……」

 窓から飛び降りたり、変装して下町で買い食いしたりする令嬢。それらはアレクセルからしたら、魅力的なシルヴィアの部分だが、妻として受け入れる事が出来ない貴族の方が多いだろう。



「まぁ……今回の影武者の件だが、結婚する前からレティシアが危険に曝された時は、自分が影武者をすると、かなりしつこく私に言ってきていた。あの頃は結婚前だからしぶしぶ承諾してしまったが。
 そしてレティは、シルヴィアに助けられてからシルヴィアを崇拝する勢いだ。
 そのせいかシルヴィアは何としてでも自分がレティを守らねばならないと思い込んでいて、今回限りだから行かせてくれ、と私に伝えてきた。しかしそれは旅立った当日の事後報告だった」

 ギルバートは何処か遠い目をして語りだした。

 シルヴィアは直前に、任務に参加する許可をギルバートに貰ってきた(正確には結婚前に影武者をするとしつこく迫り承諾させた事)と言って納得させた。
 そもそもシルヴィアが影武者役を引き受けなかった場合、レティシア役はシーマが務める事になっていた。
 それはそれで不安要素が大いにあった。なにせ戦闘力は申し分ないが、レティシアとは大分方向性が違っている。
 襲撃拠点に辿り着く前に、バレる可能性すらあった。

 その点シルヴィアとレティシアは、身長や体格がとても良く似ている。そのような理由からも、一緒に任務に参加するテオドールは、シルヴィアがレティシア役を引き受けた事に、色んな意味で安堵する事となった。

 後は最終的な作戦が記された電文が、魔導具でフレリアにいる副団長のセティスへと届けられる事となった。魔導具を用いた電文なら、即座に転送する事が可能だ。

「私とて、シルヴィアには出来れば公爵夫人として、危険のない所で普通に生きて欲しいと常々強く思っている。だが……私の言う事なんて聞かないのだよ!」
「!!?」

 思ってもいなかった返答に、アレクセルは完全に虚を突かれた。
 ギルバートに遊ばれがちだと思われていたシルヴィアだが、彼女もまたギルバートをかなり振り回していた。

「いくら王太子の私が止めたとしても、例え宮廷魔術師をクビにしたとしても、アイツは戦場だろうが行きたくなったら魔法で飛んで行く。
 私だって止められるものなら止めているが、私は王太子なだけで普通の人間なんだ。止められる訳がない!
 そもそもさっさとお前と結婚させたのも、実はこのような戦いから遠ざける目的もある」
「何と……そのような……」

 アレクセルは、かつてないギルバートの力説に、完全に気圧されてしまっていた。
 立ち上がったギルバートは、言葉を失うアレクセルの両肩を強く掴み、真摯な眼差しで告げる。

「いいか?もう一度言う。私では完全にアイツを従わせる事が出来ない。
 今後この件、お前の妻として普通に過ごしてくれるかは、夫であるお前に掛かっているんだ」
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