青空@Archive
 薄暗い病室の中、おじいちゃんはダンベル片手に、ベッドランプの明かりで一冊の本を読んでいた。

タイトルは『Alice's Adventures In Wonderland』――。

 ボクが小学生の頃、まだ本が大好きだったあの頃、大好きだった物語。その、和訳されていない英語の原作本。
 時計を持ったウサギや、トランプの兵隊なんかが登場する、今のファンタジー小説の元祖であり基礎であり王道。
 遥か昔に書かれながらも、未だに読み継がれ、知らない人がいない程“完成”された物語。
 英語にも堪能なおじいちゃんの骨董店は、本好きがたたってか、品揃えの約半数が洋書や古い絵本なんかの古本が占める古本屋でもある。
 これもその中の一冊だろうな。
 パタン。
 ダンベルを置いたおじいちゃんが本を閉じる音が、やけに大きく聞こえた。
「藍。久方ぶりでも全く変わらないな、お前さんは」
「そういうアンタは、随分と年をとったみたいだな……ま、相変わらずのようだけど」
「一生現役の約束は守るさ」
「してないぞ、そんな約束。それに、ダンベルなんか持ち上げて、一体何の現役を続ける気だ」
 双方の会話から滲み出る雰囲気で分かる。
 パッと見では親子程の歳の差に見えるが、この二人、旧知の仲だ。
 そしてボクの類い希なる第六感(だと思いたい)は、この後自分の身に起こるであろう何かしらのイベントを、いち早く察知していた。
「紫苑」
 ……ほらきた。
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