青空@Archive

晴ノ六@風の吹き抜ける道

 いつからだろう? 男言葉しか使えなくなってしまったのは――。


 船に辿り着くと、アリスがまた不機嫌そうな顔になっていた。
「シオン、正座」
「はい……」
 いきなりの理不尽な命令でも、抗わずに受け入れる。受け入れなければならない。
 ここでいうアリスという存在は、要するに民が信仰し敬服する女神ではなく、民を力と権力でねじ伏せる独裁者なのだから。
 文字にするなら“畏れ”より“恐れ”が正解だ。
「ちょいタイム。アリス、なんでこのタイミングで正座になる訳?」
 戦いの爆音はまだ続いている。
 錨の前に正座するボクの後ろでクックッと笑う気配を感じるが、今回は怒られる要因が思いつかないのだ。
「乗り込むんだろ? この船。なら、さっさと――」
「シオン!」
 腕組みをしながらもう一度、それも強い口調で名前を呼ぶアリスに、ボクはビクッと肩を竦ませる。
 そのまま彼女は膝を曲げ、互いの息遣いが聞こえる距離まで顔を寄せてきた。
「もう我慢の限界」
 一体ボクが何をしたと言うんだ? アリスとて、さっきまで笑っていたじゃないか。
 今日一番の険しい顔で、彼女は口を開く。

「なんなのよ、その口調は!」

「……は?」
 言葉の意味を理解するのに、ここまで時間が掛かったのは、恐らく初めてだろう。
 たっぷりまばたきを三回して、アリスの言葉を頭の中で反芻してみる。
「……はあ?」
 語尾にもう一度疑問符が付いた。
 「その男言葉に男口調が気に入らないって言ってるの」
 アリスは口を尖らせて僕を咎める。
「一人称が『ボク』なのはまだ許すわ。最近の日本じゃ“ボクっ子”が流行っているとかいないとか聞いているし……とりあえずシオンみたいに可愛い子が使うなら、まぁいいわ」
 問題は……と、アリスの眉間のしわが更に深くなる。
「その汚い言葉の数々よ! さっきピーターと喋っていた時だって、もう酷いったらありゃしないわ」
 聞いていないと思ったんでしょうけど、とアリスはボクの後ろのピーターをチラリと一別する。
 はははと悪びれもせず笑う彼とは裏腹に、ボクは黙ってアリスを見つめていた。
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