リナリアの花が散る頃に。
「‥‥はい、よろしくお願い致します‥」
リビングに着くと、お母さんの声が聞こえてくる。多分、学校に電話しているのだろう。
学校。
自分の中でそんな言葉を言える日が来るなんて、想像もしていなかった。
一つ夢が叶った気分になる。
私は、電話の邪魔をしないようにひっそりと息を潜めて食卓に向かう。
今日の朝ごはんは、食パンに目玉焼きがのったものだった。別のお皿にサラダもトッピングされている。
いただきます。
手を軽く合わせて、心の中でそう呟いて、今までにないくらい優雅な一時を味わった。
食事を食べ終わり、食器を片づける。
その頃には、お母さんも電話を終えていた。
「どう、朝ごはんは美味しかった?」
「うん、とっても美味しかった」
お母さんはニコッと笑って、食事を食べだした。食べているだけでも絵になるお母さんを見て少し妬ましくなる。
「私も、お母さんみたいに綺麗になりたいよ」
「ふふっ、照れるわね」
初めて家族で笑った気がした。
笑顔が生まれない家庭で初めて笑顔が生まれた貴重な瞬間だ。
「ねぇ、お母さん。私、いつから学校に行けばいいの?」
「準備もあるから、一週間後になったわ。それまで待てる?」
「うん、全然待てるよ!じゃあ私、部屋戻るね」
一週間後。私にとってはとても早かった。
地獄から天国に向かう短い時間と捉える私はおかしいのだろうか。
そう無駄な考え事をしていると、母から呼び止められた。
「さやか、これ私からのプレゼント。ちょっとしたものだけどごめんなさいね」
そう言って差し出されたものは、一つの箱だった。
私が、水色が好きなことを覚えてくれていたのか、綺麗な包装がされている。
「これ、開けていい?」
お母さんが頷いて、すぐさま私は包装を丁寧に剥がす。
そして見えてきたのは、一台のスマートフォンだった。
「えっ、こんなの、私が貰っていいの?」
「何言ってるの、さやかに貰って欲しいから買ってきたのよ。のちのち連絡を取るだろうし」
「ありがとう!」私はそう言って部屋に急いで戻った。