ギター弾きの天使とデュエットを ~言葉を話さぬ彼に惹かれて、二人は同じ夢を見る~
「あいつな、歌が上手いってので、高校では割と有名だったらしい。学校でもしょっちゅうギター弾きながら歌ってたんだってさ。シンガーソングライター目指して活動もしてたらしい」


 先ほどの動画を思いだせばそれも納得だった。ギターだけでなく、先ほど聞いた歌声も本当に素晴らしいものだった。ジャンには歌の才能もあったのだ。


「でも……ある日突然歌が下手になったんだって」
「え? 下手って……」


 チャコは航平の言うことが理解できなくて思わず聞き返した。下手になることなんてあるのだろうか。スランプにでも陥ったのだろうかと首を傾げた。


「江川が言うには、本当に下手になったらしい。しかも、それだけじゃなくて、今度は普段の話し方までおかしくなったって」
「えぇ?」


 話し方がおかしくなるだなんて、チャコは航平の言っていることがますます理解できなかった。


「言葉が詰まって上手く話せないようなそんな感じになったらしい。高校生なんてガキだからさ、周りが結構からかったらしくて、そのうち何も話さなくなったって」
「……」


 その光景がありありと想像できて、チャコは胸が苦しくなった。


「で、高校二年の夏に休学して、そのあとは戻ってこなかったらしい。そこからのことは江川も知らないって言ってた」


 チャコとジャンが出会ったのはちょうどその時期だ。休学してあそこに出向くようになったのだろう。そして、ジャンが何も話さなかったのは、その話し方とやらに関係しているのだろう。


「江川も本人から聞いたわけじゃないから、本当のところはわからないみたいだった。でもな、先生の対応からして、何かの病気になってたみたいだって言ってた。たぶん、それで歌えなくなって、しゃべれなくなったって」
「っ!? そんな……」


 それが本当だとしたら、ジャンの苦しみは計り知れない。夢を見つけて間もないチャコだって、もしも自分の歌声が奪われたのなら、気が狂いそうなくらいの痛みに襲われるはずだ。

 しかも、歌えなくなったジャンに自分は何をしたのだろうか。歌えない人に歌を聴かせるだなんて、とても残酷なことなのではないだろうか。

 チャコはその思考に至ると涙が溢れて止まらなくなった。


「ふっうぅっ……私っ、私知らなくてっ……ジャンの前でっ、いっぱい、歌って、しまったっ……うぅーっ……ひっうっ……」


 苦しくて苦しくてしかたない。胸が押しつぶされてしまいそうだった。彼はどんな想いでチャコの歌を聴いていたのか。どんな想いでチャコの夢に賛同してくれたのか。彼が時折見せたあの苦しそうな表情が蘇ってきて、チャコはより一層大粒の涙をこぼした。店の中だということさえ忘れて、チャコは泣きじゃくった。

 そうやってチャコが泣き続ける間、航平はただ静かに見守ってくれていた。
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