ギター弾きの天使とデュエットを ~言葉を話さぬ彼に惹かれて、二人は同じ夢を見る~
 再び黙って歩きはじめたジャンにチャコは慌ててついていく。

 ジャンがその歩みを止めたのは、河川敷から十五分くらい歩いたころだった。目の前には『Irish Pub Joy』という看板が掲げられた店がある。そこは海外の雰囲気が漂うバーのようだった。ジャンは自転車を止めるとその店へ入っていこうとする。


「え? ここ? 入って大丈夫なの?」


 未成年がこんなところに入っていいのだろうかとチャコは慌てたが、ジャンは構わず入っていく。しかたなくチャコもジャンに続いて店に入った。

 中に入ってみれば、そこは異国情緒の漂う場所だった。初めて味わう雰囲気にチャコは知らず知らず心が躍りはじめた。




「あ? ぼうずじゃないか。水曜に珍しいな。ん? なんだよ、女の子なんて連れてきて。いらっしゃい、お嬢ちゃん」


 ゆっくりと店内を見渡していれば、奥のほうからおじさんに声をかけられた。このお店の人なのだろう。先ほどの台詞からしてジャンのことを知っているようだ。


「こんにちは! あの、未成年が入っても大丈夫ですか?」
「あー、大丈夫だよ。でも、遅くまではだめだよ」
「はーい!」


 お店の人から許可をもらえたことでチャコは安堵し、勢いよく返事をした。


「ははっ、いい返事だ。お嬢ちゃんはぼうずの知りあいか?」


 知りあいかと問われると難しい。何せジャンのことはよく知らないのだ。


「えっとー……ファン? です」
「ははっ。ファンなのか」
「はい! ジャンのギターが大好きで!」
「あー、なるほど。嬢ちゃんはぼうずのギターに惚れたのか。それは同感だね。で、そいつジャンっていうのか? こいつ何にも言わないから」


 どうやらジャンはここでもしゃべらないようだ。


「ジャンは私がつけた名前です。私もジャンのことはギターを弾くことしか知らなくて……」


 ちらっとジャンを見てみれば、チャコのことは気にせず店内を歩いている。


「なんだ、こいつ嬢ちゃんにも話さないのか。ったく、ここ連れてくるくらい仲いいなら教えてやりゃあいいのに。嬢ちゃん、こっちおいで。せっかく来てくれたから、ジュース一杯おごってあげるよ」
「え、いいんですか? ありがとうございます!」
< 35 / 185 >

この作品をシェア

pagetop