ギター弾きの天使とデュエットを ~言葉を話さぬ彼に惹かれて、二人は同じ夢を見る~
 すでにカウンター前に座っているジャンのそばまで行き、チャコも隣に腰かけた。おじさんはオレンジジュースを差し出してくれる。チャコはそれに礼を言って受け取ると、もう一度周囲を見渡した。なんだか映画のセットみたいでワクワクする。


「ここって何のお店なんですか?」
「あー、ここはね、アイリッシュパブだよ。アイリッシュはアイルランド、パブは居酒屋ってことだね。まあでも、酒を楽しむだけじゃなくて、雰囲気を楽しむような場所かな。ぼうずはな、ここでやってるミュージックセッションにときどき参加してるんだよ」


 ジャンは河川敷以外でも弾いているらしい。もしかしたら水曜と金曜以外はこういうところで演奏しているのかもしれない。


「ジャンここでも弾いてるんですね。河川敷にいるのしか知らなかった」


 チャコの台詞におじさんは片眉を上げてみせた。


「そうか。俺は反対に河川敷にいるなんて知らなかったなー。なるほどな。平日のこの時間帯はほとんど客来ないから、好きに弾いていいって言ってるんだよ。でも、こいつは決まった曜日にしか来ないから、どこか行くところがあるんだろうとは思ってたけど、そういうことか」
「へー、そうなんですね。ふふっ、ジャンはお気に入りの場所いっぱいあるんだね!」
「ははっ、お気に入りになってるならおじさんも嬉しいな。でも、残念だなー。せっかくならぼうずがセッションに参加してるところ見せてやりたいけど、今日はセッションやってないんだよな。今度セッションしてるときに聴きにおいで」
「聴きたい、聴きたい! 絶対来ます!」


 想像するだけで楽しい気持ちになる。その気持ちが表れてチャコはとても元気よく返事していた。


「ははは。よかったな、ぼうず。嬢ちゃん聴きたいってよ」


 ジャンは頬杖をついて、じっとチャコを見ている。いつものように微笑んでいるわけでもなくただじっと視線を向けられる。どういう感情かわからなかったが、チャコが微笑めば、すぐにジャンもにこっと微笑んでくれた。
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