ギター弾きの天使とデュエットを ~言葉を話さぬ彼に惹かれて、二人は同じ夢を見る~
 すぐに大きな拍手が聞こえてきて、観客が温かく出迎えてくれたのがわかる。ジャンの容姿だとかなり目立つはずだが、今日はキャップを目深にかぶっているからか、予想していた黄色い声は聞こえてこなかった。


 ステージに一瞬の静けさが生まれる。そして、聞こえてきたのは、チャコも虜になったあの陽気なアイリッシュポルカだ。観客席から手拍子が聞こえてくる。きっと今聴いている観客たちもその虜になっていることだろう。漏れ聞こえる音だけで楽しい空気が伝わってくる。チャコも自然とワクワクした気持ちになっていった。

 曲が終われば再び大きな拍手が送られた。そして、次に聞こえてきたのはジャンの美しいギターの音色だ。その曲は一曲目とは打って変わり、しっとりと温かく少しの郷愁を感じさせる。その主旋律をジャンの温かくて柔らかくて優しいギターの音が奏でている。チャコはもう何度もそれを聴いているはずなのに、何度聴いても心惹かれてしまう。優しい音色に心を解されていくような心地だ。


 そうしてその演奏に浸っていれば、あっという間にチャコの出番がきた。しげさんがチャコを紹介し、ステージに上がるよう促される。『歌姫』なんて言うものだから、思わず身体が固まりそうになったが、ジャンがこちらへ拳を突き出すのが見えて、それに背中を押されてチャコはその一歩を踏みだした。

 皆の笑顔と温かい拍手に出迎えられる。「よろしくお願いします」と挨拶をして、歌う準備を整えた。


 心を落ち着けるようにそっと息を吸ってそれを吐き出す。すぐに後ろから聞きなれた演奏が聞こえてきた。とても心強い音だ。いつもと環境は違うけれど、チャコはいつもと同じように皆の演奏に声を乗せていった。

 しげさんの言う通り、信じられないくらい楽しい。こんな感覚は初めてだ。声を出すとすごく気持ちがいい。音が重なって周りに届いていくのが楽しい。音に身体が痺れて、それがとても心地いい。音楽をできることが嬉しくてたまらない。チャコはかつてないほど強烈な快感を味わった。

 歌い終えれば、大きな拍手と歓声がステージに送られていた。
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