その狂愛からは、逃れられない。
旅館のすぐ近くにあるマンションが、この一帯の旅館のスタッフが住む社宅だ。その入り口が、何やら騒がしい。
「ママ、あれなあに?」
「……どうしたんだろうね」
見たことのない外車。明らかに高級そうなその車は、スモークがかかっていて中がよく見えない。
そしてその周辺には滅多に無い人だかりが。
それを見て、なんだか嫌な予感がした。
「あ、蓮ちゃん!」
蓮華と同じ旅館で働いており、同じ社宅の一室に住む同僚の真紀子が蓮華と花蓮を見つけて声をかけた。
「蓮ちゃん、あの車知ってる? なんかずっとここに車停めてて、声掛けても誰も出てこないのよ」
「……そうなんですか」
誰かに用があって、待っているのだろうか。
何にせよ、自分には無関係だ。そう思った蓮華は花蓮を連れて通り過ぎようとした。その瞬間、その車の運転席から人が降りてきて後部座席のドアを開ける。
「……あれ、あの人」
運転手に見覚えがあった。しかしどこの誰かは思い出せなかった。旅館のお客様だろうか。
なんて、呑気に考えていた蓮華は数秒後に後悔することになる。
後部座席から降りてきた人影は、後ろ姿でもオーラがあるのがわかる。
そしてその人は、ゆっくりと蓮華の方を振り返った。