その狂愛からは、逃れられない。
「……え?」
あの頃と変わらない、艶のある黒髪。
切れ長の目は、真っ直ぐに蓮華を見据えた。
四年前と変わらないの姿が、そこにあった。
「……う、そ……なんで……」
思わずそう呟いた蓮華は、すぐに花蓮を抱き上げて逃げるように走り出した。
「蓮ちゃん!?」
真紀子の声も聞こえないまま。花蓮は驚きの余り泣き始めた。
「ママ!?」
「ごめんっ、ごめんね花蓮っ……ちょっと我慢しててねっ」
しかし、子どもを抱きながら走る蓮華と若い成人男性。どちらが早いかなんて、わかりきっていた。
すぐに追いつかれて、手を掴まれる。
「いやっ! 離して!」
「頼む! 俺の話を聞いてくれ!」
「嫌! 何も聞きたくない! 帰って!」
「──蓮華!」
久し振りに呼ばれた名前に、体が硬直した。
その男性──光は、蓮華が逃げないように手首を掴む。
「……頼む。逃げないでくれ。話があるんだ」
過呼吸になりそうなほどにバクバクと鳴る心臓は、緊張しているのか。はたまた恐怖心からなのか。
もう逃げられないと悟った蓮華は花蓮をおろし、追ってきていた真紀子の元に走るように促した。
真紀子に向かって走る花蓮を、光は驚いたように見つめた。
「……あの子ども」
「あの子は私の娘です」
無事に真紀子に抱っこされた花蓮を見て、蓮華は柔らかく微笑んだ。
その笑みからは愛おしさと慈しみが溢れんばかりに込められていて、光の知らない"母親の顔"をしていた。