朝1番に福と富と寿を起こして
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シャワーの音だけが響く浴室、椅子もない真っ白で綺麗な浴室の中、熱い湯気が充満していく。
その真っ白な世界の中で朝人と2人で立っている。



私は裸、朝人は上半身は裸のままで、下はスウェットのズボンを膝までまくった姿で。



そして、私を立たせたまま朝人が後ろに立ち私を洗っていく。
髪の毛も隅々まで洗ってくれ、ちゃんとトリートメントもつけてくれ、丁寧にシャワーで流してくれる。



新しい綺麗なタオルにボディーソープを垂らし、しっかりと泡立てたタオルで私の身体も優しく洗っていってくれる。



優しかった。



朝人の動作は凄く凄く優しかった。



私の身体が真っ白な泡で覆われていく。
タオル越しだけど朝人が私に触れてくれた証として真っ白な泡が残っている。



首も肩も腕も足も、そして恐らく背中も・・・。



それから、お尻も・・・。



「・・・ンッ」



タオルがお尻に触れた瞬間、小さな声が漏れて身体がビクッと動いた。
曇り1つない綺麗な鏡越しから朝人の顔を見ると、朝人はなんでもない顔をしていた。
普通の顔をしていた。



高校3年生の時、私は朝人に胸を見せたことがある。
彼女もいない口も見た目も悪い可哀想なオジサンだと思っていた朝人を、誘惑してからかっていたから。
その時でさえ朝人はお茶を吹き出しむせていたのに、今は何でもない普通の顔をしている。



その時の朝人のことを思い出しながら、朝人が普通の顔で私のお腹にタオルを滑らせ、それから私の胸にも手を伸ばしてくる光景を見詰めていた。



朝人はやっぱり何でもない普通の顔で、高校3年生の時からほとんど成長しなかった私の胸をサッと洗った。



これで私の身体のほとんどが白い泡で覆われた。



「はい、終わり。」



朝人が普通の声でそう言って、シャワーで私の身体中の泡を流していく。
あんなに沢山あった真っ白な泡は呆気なくシャワーで流されてしまった。



全部全部流されてしまった。



タオル越しだけど朝人が私の身体に触れてくれた証が全てなくなってしまった。



それを見て、また号泣した。



「もう終わりにしたい・・・。
朝人にご飯を作るのを終わりにしたい・・・。
もう作りたくない・・・。」



“俺彼女には料理はさせない主義”
高校の卒業式の日、高級なホテルのフランス料理のお店で会った“先生”は言っていた。
可愛い顔をした、でもちゃんと大人に見える彼女にそう言っていた。



25歳になっても朝人にとって私はまだガキらしい。
出会った頃の先生と同じ歳になったのに、朝人はもう今年で34歳になるから。



朝人が本物の老人になっても私のご飯を食べるつもりでいるくらい、何歳になっても私のことはガキに見えると思われている。



私は違うのに・・・。



高校の卒業式の日、フランス料理のお店で“先生”と会ってから、いなくなってしまった“朝人”を好きになったのに。



閉店までの残り少ない時間の中、朝1番に“朝人”が帰ってくるのを待っていたのに。



無事には帰ってこられなくていつも以上に変な見た目になっているかもしれない、そんなあり得ないことを妄想しながら待っていたのに。



私は会いたかった。



ずっとずっと“朝人”に会いたかった。



だから“明日の毎度ありがとうございますの分”は再会してから言わなかった。



定食屋の娘としてではなく、ちゃんと大人の女として“朝人”に見てもらいたかった。



会えたのに・・・。



松戸朝人という名前の男の人にやっと会えたのに・・・。



定食屋の向こう側、会社のオフィスという場所でやっと会えたのに・・・。



「朝人のご飯を作るのはもう終わりにしたい・・・。」



昨日“先生”に私のおまたを拭いてもらい、それで終わりにしようと思っていた。
私だけが忘れずに覚えていて、その思い出だけで終わりにしようとちゃんと思っていた。



でも、今“朝人”と会ったら・・・再会したらダメだった。
全然ダメだった。



やっぱり“朝人”のことが私は好きで・・・。



口も見た目も悪い、でも誰よりも私のことを認めてくれた“朝人”のことが好きで・・・。



誰よりも本気でぶつかった朝人のことが好きで・・・。



朝人だけだった・・・。



社会人になり“大人”になった今では朝人だけだった・・・。



私のことを呼んでくれるのは・・・。



私の名前を呼んでくれるのは・・・。



「千寿子。」



“お前”でも“千寿子”でも、私のことを見て“私”だと認めてくれるのは、“先生”だろうが“朝人”だろうが、この人だけだった。



「朝人、佐伯さんと何かあった・・・?」
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