鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される

祖父の秘書であった三井の父親に、“かんちゃんのおばあちゃんに贈った下着”に関して尋ねると。
乳がんで乳房を失った女性が身に着けて、着心地だけでなく尊厳も失わずにいられる下着を特注で誂え贈ったものだと知った。

肌着のメーカーだから成し得たこと。
優しさの塊のような祖父だから気付けたこと。
孫の心の支えだった女の子の大事な人だから、何かしてあげたかったのかもしれない。

そんな風に込められた想いを今、伊織は祖父から引き継いでいる。

肌着メーカーの会社をより大きく発展させ、常に初心を忘れずに。
『素肌に身に纏う鎧だから、着る人の気持ちに寄り添い、心を守るもの』だよ、と。



君は覚えていないだろうな。
俺が、どれほど君に救われたか。

君と出会うまでは、自分を責めることしか出来なかった自分が、一瞬でもその現実から解放され、幸せを味わえたことを。
それが、どれほど俺に生きる自信を与えてくれたのか。

祖父に対して、恥じない人間になろうと。
君に対して、釣り合う男性になろうと。

俺がどれだけ努力を重ねて来たのかだなんて、知る由もないだろう。

こんな風に再会したかったわけじゃない。
もっと紳士的に、運命的に君の前に現れたかった。

けれど、接点なんてどこにもなくて。
どんなに足掻いても、君との時間は訪れそうになかったから。

「ごめんな」

不器用すぎる拗らせ男は、気持ちよさそうに眠る栞那の頬を優しく撫でる。

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