秘密の夏。それを恋と呼ぶなら。
 まさか、彼女から呼ばれるなんて思ってもみなかった。びっくりした僕は、とっさに逃げようとした。気づかれてしまった。こっそり覗いていたのを彼女に気づかれた。でも。

「逃げないで。怒ったりしないから。ね」

 部屋の中から聞こえてくる声がそう言った。普通の声だった。普通の、女の子の声だ。初めて聞いた、彼女の…声。

 怒っているようではなかった。だから僕は立ち止まった。

「こっちへ来て。わたしのそばに来て」

 呼んでいる。彼女が僕を呼んでいた。何が起きたのか理解できないまま、その声に引かれるように、僕はふらふらと歩き出した。

「部屋の中へ、こっちへ来て。光輝くん」

 また彼女の声がした。ドアを開け、中に入る。彼女の部屋の中へ。
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