「好き」と言わない選択肢
 休憩室の影で、一息つく。ここで、隠れて休憩するのもあと何回出来るのかな?

「また、かくれんぼか?」

 観葉植物の影から、聞きおぼえのある声がした。

「主任…… 分かっているなら、一人にさせて下さい」

 背もたれにもたれると、紙コップを口に運んだ。

 病室での彼の告白に、お互い納得のいかぬままだ。彼に、諦めてもらう他ないのに……
 静かな休憩室に、彼が、自動販売機に小銭を入れる音だけが響いた。


「なあ、一緒に暮らさないか?」


 今、何て言ったの? 驚きのあまり、彼の姿を見入ってしまった。
 彼は平然と、たいした話でもないように目を向けると、コーヒーを手に持った。

「はあ? さっきの話、聞いてませんでした? 大阪に赴任するんですけど……」

「そういう選択する気がしていた。本当は、行かないんだろ?」

「うっ…… だからって…… 一緒に暮らすなんてあり得ない……」

 全て見抜かれていたようだけど、彼の考えはさっぱり分からない。


「大丈夫、社長の許可はとった。咲音が望むなら、好きにしていいって」

「望んでません!」

「それと、お母さん、しばらく仕事が忙しくて、家を空ける事おおいから、咲音の家に引っ越せってさ。今夜からよろしく」

「何、それ! 勝手すぎる…… 家になんか入れませんから!」

 でも、もし、私がこんな病気にならなかったら、彼の言葉に嬉しくて舞い上がったのだろうか?

 始めてかもしれない。もし…… なんて考えた事は……
 もし…… なんて考える事の虚しさをしっているから……
 ずっと、諦めていた……



「こんばんは」

「いらっしゃい」

「空いている部屋、適当に使って」

「ちょっとママ!」

「すみません。荷物運ばせてもらいます」

 もう、何なのよ!
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