役目を終えた悪役令嬢
 ゲームでは冷たい目で私を見下ろしていたインテリ眼鏡王子は、今は穏やかな眼差しだ。彼の隣に立つエミリも、私をまっすぐ見つめている。
 エミリは、いい子だ。私は悪役令嬢として、彼女の前に立ちはだかる壁であり続けた。エミリは私を超えるために努力して、才能を身につけ……そして見事、ニコラスの心を射止めた。
 皆からの祝福を受けたニコラスが、再び私の方を見る。眼鏡をくいっと押し上げた彼は、少し悲しそうな微笑を浮かべている。

「ここまで、長かったな。君と協力関係になろうと誓い合った十歳のあの日のことが、昨日のように思い出せる」
「わたくしは逆に、父を断罪するという決意を殿下に打ち明けたあの日が遠い昔のことのように思われます」

 ふふ、と笑って応じると、ニコラスは「君はそうなんだな」と穏やかに頷いた。

「君のおかげで、この国の未来は明るいものになりそうだ。だが、君が貴族としての身分を失ったのは非常に手痛いことだな……」
「お気になさらず。むしろ、罪人を父に持つわたくしを寛大にお許しくださった両陛下や殿下の温情に感謝するばかりです」

 私はもう、伯爵令嬢ではない。実家が没落したから、学院の貴族女子科にいられなくなり――退学となった。
 今日も、卒業生である殿下のおまけという形でこの場に同席できたにすぎない。身分を失った令嬢が、貴族社会に長居することはできなかった。
 でも、私はこれでいいと思っている。

「それで、前々からの約束ですが。わたくしの今後についてです」

 少し鼻息が荒くなっている自覚はあるけれど、ここについては早めに詰めておきたい。
 私はもう平民だから、悠々自適な貴族生活を送ることはできない。それに、いくらニコラスと協力したといえど私は罪人の娘だ。でも田舎でおとなしくまったり生活を送るくらいのことは許されるだろうから、今のうちにニコラスにお願いしておきたかった。
 ニコラスは鷹揚に頷いた。

「ああ。君との計画はすべてうまくいったからな。君が言っていた通り、今後の過ごし方については王家からも協力と支援を――」
「……お待ちいただけますか」

 朗々とした声が、割って入った。えっ、と辺りを見回す私たちに、殿下の隣に立っていたエミリが「あちらです」と声のした方を手で示してくれた。
 私たち三人の近くによそ者はおらず、卒業生や来賓たちは少し離れたところからこちらを見守っている。その人垣を割って現れ、こちらにやってくる人がいた。

 さらりとした金髪は癖がなく、ホールのシャンデリアの明かりを受けて柔らかく輝いている。すっと鼻筋が通っており、青い双眸は穏やかに凪いでいる。ローレン王国の成人貴族が式典の際などに着用する豪奢なジャケット姿の彼だけれど、胸に卒業生の証しであるコサージュはない。
 その姿は、『クロ愛』で見たことがある。彼もまたニコラスと同じ、『クロ愛』の攻略対象のひとりだった。
 少し絵柄が古くさかったオリジナル版でさえ彼のキャラデザは攻略対象の中でも抜きん出ていて、スチルも美しかった。実際に対面したその出で立ち、その雰囲気、その甘やかで端整な容姿はまさに“優しい王子様”そのもの。ただしこの国の王子は、私の正面にいるインテリ黒髪眼鏡である。
 金髪に青い目の彼は私たちの前に来ると、すらりとした長身を優雅にかがめてお辞儀をした。
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