真 彩 (まあや)

 「もしもし、手袋落としましたよ。」
俺の前を若い女性が通り過ぎた時に手袋を落としたので拾って差し出した。
「あ、すみません。ありがとうございます。」
立ち止まって振り向いた女は甘いしっとりした声で礼を言うと、思わせぶりににっこり微笑みながら白いしなやかな手を伸ばして手袋を受け取った。きれいだ!女性との付き合いに慣れているはずの俺としたことが、ついボーッと女に見惚れてしまった。

「私の顔に何か付いてますか?」
「いや、失礼しました。」
俺がこれまでに出会った女性の中でも5本の指に入るくらいのレベルだった。このままやり過ごす手はない。

すかさず俺は続けた。
「新婦の関係の方ですか?」
「はい、新婦の友人の村山真彩です。」
「僕は新郎の叔父の平川宗太です。よろしく。」
「え?叔父様ですか?随分お若いですね。」
「はははっ、そうなんですよ。新郎の母親とはかなり年が離れているので、叔父と甥の関係というのは名ばかりで従兄弟同士と言ったほうがしっくりきますね。」

ここで披露宴が始まるアナウンスが入ったので一緒に会場に入り、それぞれ決められた席に着いた。


 そう、俺の甥の結婚式場で披露宴が始まる前の控室での出来事だった。ただ、振り返るとこれは俺の人生の中で非常に悔やまれる、悔やんでも悔やみきれない、一世一代最大級の不覚の出来事の序章だったのだ。

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