冷酷御曹司の〈運命の番〉はお断りです

婚約者

 新たに闖入してきた男の名は、鏑木(かぶらぎ)東生(とうせい)という。

 大手専門商社である鏑木商事の会長の孫というキラキラしいお立場で、アルファ。そして何よりも。

 ――月読柾の婚約者だ。

 月読コーポレーションと鏑木商事のコネクションを深めるために、数年前に決まったのだそうだ。

 この時点でもう帰りたくなっていたのに、個室の出口を塞ぐようにして社長と鏑木が言い合いを始めたので、私は仕方なく元の席に座って観戦していた。

「僕という婚約者がいるにもかかわらず、他の人間と会うのは良い気がしないよ」

 鏑木が薄ら笑いを浮かべて言う。
 一方の社長はこめかみに青筋を立てて、鏑木を睨み据えていた。

「俺は月読の家の利益のために貴様などと結婚するつもりはない。死んでも御免だ」
「うんうん、だから婚約破棄の条件をつけたんだもんねえ。オメガの柾がよく頑張ったよねえ」

 明らかに舐め腐った鏑木の態度に、社長の瞳に不穏な火花が弾ける。

 だが一つ深呼吸すると、抑えた声でこう言った。

「その通り。運命の番を見つけた場合、婚約は破棄される。そして雨宮は俺の運命の番だ」
「で? まだ柾の頸は綺麗みたいだけど?」

 色ガラスの向こうで、鏑木の目が愉しげに細められる。社長が口惜しそうに唇を噛んだ。
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