冷酷御曹司の〈運命の番〉はお断りです
 私は目を閉じた。暗闇を作る瞼の向こう、安心したように息を吐くのが聞こえる。
 気配が近づいて、かすめるように一度、唇に柔らかなものが触れた。

 それ以上の事は何にもなかった。

 気配が遠ざかれる。腕がほどかれる。
 私は目を開けた。

 もう柾さんは礼儀正しい距離を保って、何事もなかった顔をして墓石を見つめている。いや違う、何かを堪えるように唇が固く引き結ばれている。血が出てしまうのではないかと心配になるくらい強く。

 その時、電話の着信音が鳴り響いた。

 けたたましい電子音にビクッと肩を跳ねさせると、柾さんが顔を顰めてジャケットからスマホを取り出す。
 不機嫌そうに電話に出て――みるみるうちに、表情が険しくなっていった。

「……どうしたんですか?」

 電話を切った柾さんに問う。彼はぐしゃりと前髪をかき混ぜて、深いため息をついた。

「鏑木商事がクラウン製薬に対して、敵対的買収を仕掛けてきた」
「えっ⁉︎」

 今度は私のスマホが鳴る。恐らく、部長か西田先輩からの呼び出しだろう。
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