冷酷御曹司の〈運命の番〉はお断りです
 ホテル内を駆け回り、一部屋一部屋覗いていく。
 恐らく分厚いドアの個室。オメガのフェロモンが外に漏れない場所。
 その時、廊下の向こうから歩いてくる人影に、私は凍りついた。

「あれぇ、茉優ちゃんだ」

 緩い癖毛に色付き眼鏡の長身の男。今回の主犯格、鏑木東生。
 私は拳を握り、ずんずんと鏑木の方へ歩いていった。

「ここに何しに来たんですか」
「婚約者が頑張ってるっていうからさぁ、様子を見に来たんだよ」
「社長に会ったんですか。何かしたんですか?」

 胸倉を掴まんばかりの勢いで迫ると、鏑木は両手を上げた。

「僕もさ、柾に総会に出席されると困るワケ。恨まないでよ?」

 眼鏡の奥で、瞳がニタリと細められる。

 かつての社長の言葉が蘇る。手段さえ選ばなければ手出しする方法は色々ある……。

 青ざめて声も出ない私を押し退けて、鏑木は立ち去った。

 その場にへたり込みそうになって、すぐに惚けている場合ではないと思い直す。

 鏑木の来た方へ走り、そして、廊下に並ぶ部屋のドアが一つ、きっちり閉ざされているのを発見する。

「社長……?」

 薄くドアを開け、床に倒れている社長の姿を見つけて息を呑む。
 濃いオメガのフェロモンが鼻をついて、激しい眩暈が私を襲った。

「だ、大丈夫ですか!」
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