冷酷御曹司の〈運命の番〉はお断りです
 部屋に駆け込んで声をかけると、社長が拳を床に打ちつけて上半身を起こした。
 頬が紅潮し、呼吸は荒いが、私を見つめる目には理性があった。

「鏑木に何されたんですか!」

 その傍に膝をついて訊くと、怒りに震える声が返ってくる。

「は、発情剤を打たれた……あの野郎……」
「なっ……」

 強制的にオメガにヒートを起こさせる代物だ。当然、体には大きな負担がかかる。憤りで視界が真っ赤に染まった。
 社長を株主総会に参加させないために、そこまでするか。

「抑制剤は? スーツのポケットですか?」
「鏑木に……」

 奪われたということか。
 私は奥歯を噛み締め、辺りを見渡した。
 どうやらここは談話室のようで、ソファとローテーブルが置かれている他は何もない。

 何か。何か他に手はないのか。

 いくら考えても茹だった思考は空回るばかり。オメガのフェロモンがアルファの本能を刺激して、気を抜けば理性を持っていかれそうになる。発情剤のせいか、以前よりもキツい。

「雨宮、お前は、部屋の外に出ろ」

 荒い呼気の下で社長が言う。私は食い縛った歯の隙間から呻いた。

「それで、社長はどうするんです」
「…………」

 社長は床に座ったまま壁にもたれ、私から顔を隠すように俯いた。
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