冷淡上司と有能若頭は、過度に私を愛おしむ (短)
「あ、あの!」
「――まぁいいか。もう退社するだろ?俺も途中まで一緒していいか?」
「えと、今日は……」


断りたい。苦手な矢吹さんと一緒なんて、勘弁してほしい。だけど――もしも、私がオメガだとバレているなら話は別だ。矢吹さんが誰かに話す前に、口止めをしないといけない。仕方なく、私は頷いた。


「途中までなら、大丈夫です……」
「分かった。じゃあ会社を出た先のコンビニで待ってろ。すぐ行く」
「分かりました……」


話し合っていると、午後五時の終業時間が訪れる。私は「少し遅れます」と行春さんにメールを送り、矢吹さんの指定するコンビニへと急いだ。
そして、十分後。予定通り矢吹さんが現れる。


「じゃあ行くか。比崎の家はこっちだったよな。帰りながら話そう」
「……はい」


まだ明るい夕方のはずなのに、私たちのいる場所だけが、まるで拷問部屋のように真っ黒に染まっている。少しでも何かを探りたくて、隣を歩く矢吹さんに視線を送った。すると「今日も暑いな」と部下とコミュニケーションを図ろうとする矢吹さん――の姿は、もちろん無い。彼はただ無言で、真っすぐ前だけを見て歩いていた。

だけど、人気の無くなった路地に入った時。
待ってましたと言わんばかりに、矢吹さんは「これ」とカバンの中から一枚の紙を取り出す。
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