社宅ラプソディ


それから三人は居間に移動、みたび美浜の歓声が上がった。


「えーっ、外国の部屋みたい、すごいんだけど。五月さん、壁紙を貼り替えたの?」


「はい。引っ越し前に壁紙を替えて、絨毯を敷いて、それから荷物を入れました」


「あっ、カーテンレールが高い。そうか、その手があったんだ。タッセルもいいよね」


美浜に言われて明日香はカーテンを見た。

ベランダに面した窓の高さより数十センチ高いところからカーテンが下がっている。

天井にカーテンボックスがつけられていることに、このとき気がついた。

丈の長いカーテンは組み紐のタッセルで止められ、優雅な雰囲気を漂わせている。


「どうしてお部屋の天井が高く感じられたのか、わかりました。カーテンですね」


「手持ちのカーテンがこの長さだったの。下を折り曲げて使おうと思ったんだけど、管理人さんにカーテンレールを付け替えてもいいかと確かめたら、いいですよと言われたので」


壁紙の張替えも許可が出たから二日かかってやったのよ、といっても古い壁紙の上に貼っただけなんだけど、案外手間がかかってと、五月は作業の苦労を語りながらも、ふたりに褒められて嬉しそうだ。


「転勤が決まって、引っ越し先の社宅の間取りが知りたくて、福岡本社の総務に問い合わせて、部屋の広さとか間取りを教えてもらったんです。

シンガポールの社宅は家具付きだったから、手持ちの家具はほとんどなくて、だから狭くても大丈夫だと思ったんですけど、事前に見せてもらった室内の写真を見て、滅入ってしまって。

この部屋、壁のシミがすごかったんです」


経年劣化による日焼けとシミは隠しようもなく、壁紙を貼ることを思いついたという。

一間を寝室にして、ほかはワンルームにするために部屋に合わせてサイズの自由がきく絨毯を購入、畳と板の間を覆うように敷き詰めた。

六畳の和室の押し入れのふすまも取り払われ、上部は突っ張り棒にハンガーをかけてクローゼット風にしてカーテンで目隠し、下部は空間のまま絨毯が敷かれ部屋と同化している。


「キッチンまで絨毯を敷いたんですね。ダイニングテーブルもソファもあるのに、うちより広い……」


テレビは壁掛け、スピーカーまで壁に掛けられ、床面にはローボードがあるだけの部屋は家具店のディスプレイのようにすっきりとしている。

引っ越し先の社宅の間取りを事前に調べて、家具の配置を考える。

当然やっておくべきことなのに、明日香は引っ越し先は名古屋の社宅と同じ間取りだと思い込んでその作業を省いた。

結果、ここについて部屋を見て後悔することになった。

それもこれも、夫の亜久里が 『梅ケ谷社宅』 について教えてくれなかったせいだ。

鎮火していた怒りがふつふつとこみ上げてきたが、それはいったん収めよう。

明日香が自問自答している間も、美浜は次々に質問をぶつけ、五月はそれに丁寧に答えていた。

五月が一目ぼれしてシンガポールで購入したという、天板が着脱式のダイニングテーブルには最大6人まで座れるが、ここにある椅子は4人分だけ、残りのテーブル部分と椅子はベランダの倉庫に眠っている。


「このテーブルで食事をして、パソコンを開いたり、調理台にもなるし、アイロン台にもなるんです。工夫次第でどうにかなるんですね。

いまは狭さを楽しんでます」


「わかります。私も、五月さんのお部屋を見せてもらって、模様替えがしたくてたまらないんです」


「わかる~ うちは子どもが生まれて、だんだん狭くなって、もう限界って思ってたけど、工夫次第よね」


これだけはこだわって購入して転勤先に持っていったという食器棚には、五月の好みがうかえる食器が並んでいた。

シンガポールの紅茶は美味しいですよ、と五月が絶賛するだけあって、ポットで丁寧に淹れた紅茶の香りはかぐわしい。

それが 『TWG』 という高級茶葉であることを、明日香はのちに知った。



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