社宅ラプソディ

9.母のキモチ



7月最後の学習会を終えて子どもたちが帰ったあと、五月と明日香はそろって大きなため息をついた。


「ほんっとに、男の子って落ち着きがありませんね」


「小学生は特にね。学生のとき、塾で教えた子たちもそうだったけれど、男の子って集団になると騒がしさが増長するの」


「来週から、さらに人数が増えるんですね。はぁ……」


学習会のあとの二人だけのお茶会は、ようやく訪れた静かな時間で、冷えた麦茶と水ようかんを口に運びながら、明日香の口からは愚痴ばかりがこぼれ出る。

五十鈴からの差し入れの水ようかんは、甘さだけが際立つ浅い味がした。


「この水ようかん、甘すぎませんか?」


「やんちゃな子が多いから、五十鈴さんも気をつかってるのよ。甘いものは疲れを癒すでしょう」


そう言いながらも、和菓子にこだわりのある五月の口には合わなかったのか半分以上を残した。


「そうですけど、こんなお菓子でごまかされたくないですね」


「ふふっ、ホント。早水君に期待しましょう」


学習会は 『梅ケ谷学習クラブ』 と名付けられ、社宅会議室で週二回おこなわれることになった。

当初、サッカー少年団の小学生10人のはずが、口コミで噂が広がり学習クラブの入会希望者は20人を超えた。

そうなると、五月ひとりでは手におえない。

この人数では思うような指導ができない、人数を減らしてほしいと五十鈴に訴えても、「学校じゃないんだからさ、気軽に教えてよ。五月さんなら大丈夫だから」 と無責任なことを言う。

五十鈴に言ってもらちが明かないと思った五月は、管理人の溝口に相談した。


「社宅の施設を借りるのは無料だけど、それは社員の福利厚生だからでしょう? 部外者の利用はどうなりますかと相談したの」


「溝口さんも困ったんじゃないですか? 一度は会議室の使用を許可したんですから」


「そうなのよ。五十鈴さんの話を聞いて、子どもたちの勉強会に会議室を使うのは問題ないだろうと思った。だけど、私から部外者もいると聞いて、本社の総務に確認してみますって」


「それで、社宅に住んでいる子だけになったんですね」


管理人の溝口から、「社宅以外の者の利用はいかがなものか」 と本社の総務が難色を示したと返事があり、五月はこれ幸いと 「社宅の施設のため、社宅居住者のお子さんに限らせていただきます」 との理由で学習クラブの入会を制限した。

小学生高学年と中学一年生だけの数人になったが、それでも一人で教えるのは容易ではない。

とにかくうるさい、静かにしなさいと言っても静かになるのはほんのいっとき、そのうち誰かが立ち上がり動き回ると、やがてかけっこがはじまる。

ときどき母親たちが様子を見に来た時だけ、まるでいつもそうしているように真面目な顔で学習する姿を見せる。

そして、また騒ぎ出す、その繰り返しだった。

子どもたちに手を焼いた五月は、明日香に助手になってもらえないかと頼んだ。

学習指導はできないが雑務だけならとの条件で明日香は引き受けた。

運動部で鍛えた明日香の声は良く響き、子どもたちも五月より怖い人がいると認識したのか、どうにか指導も軌道に乗ってきた。

ところが、夏休みに入ってすぐ入会希望者が数名あらわれた。

自宅学習より指導者のいる 『梅ケ谷学習クラブ』 が安心と考えた母親たちと、家にいるより友達がいる学習クラブの方が楽しそうだと考えた子どもたちだ。

これ以上の入会は無理であると説明しても、どうしてサッカー少年団のつながりの子だけを優遇するのかと詰め寄られた。

社宅の施設を使っている手前仕方なく引き受けたが、小学生が増えたうえに、それまでいなかった中学2年と3年生も加わることになり、そうなるとグループ指導にも限界がある。

幅広い学年をひとりで教えるのは難しい、五月も明日香も困り果てた。

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