社宅ラプソディ

10.義母、参る



あわただしくも賑やかな夏休みが過ぎて新学期が始まると、『梅ケ谷学習クラブ』 は週二回のペースに戻った。

夏休みのあいだは、毎日のように社宅会議室に子どもたちがやってきた。

会議室は冷房が効いて勉強を見てくれる大学生もいる、家にいるより勉強がはかどると親にも子にも評判が良かった。

9月に入り早水大輝は東京に戻ったが、冬休みと春休みには帰省して学習クラブで教えることになっている。

まだ夏季休暇中の有栖川大樹は9月以降も指導を続けることになり、学習クラブの日には買ってもらったばかりの車で来るようになった。

学習クラブを手伝ったあと、小泉棟長の三男、雄の家庭教師をして、その夜は社宅の両親のもとに泊まることも多い。

毎週社宅に通ってくる息子のために、父親の有栖川部長が購入したのは中古の軽自動車で、年数はたっているが走行距離は3万キロと少なく程度の良い車だ。

中古の軽自動車で楽しそうに通ってくる大樹に、学習クラブで教えてくれる学生はいないだろうか、単発のアルバイトでも構わないのでと五月が相談すると、日替わりで友人たちを連れてくるようになった。

親しい友人が何人もいる大樹は、大学生活も順調のようだ。

そんな息子の様子に、母親の乙羽も安心していたが……

大樹は10月に入ったころから、同級生の女の子を伴ってくるようになった。

子どもたちから 「先生の彼女?」 と相変わらず遠慮のない問いかけがあり、大樹は照れることもなく 「そうだよ」 と返事をした。

小川由愛は 「ゆめちゃん先生」 と呼ばれるようになり 『梅ケ谷学習クラブ』 にすぐになじんだ。




「ゆめちゃんって、名前も可愛いけど性格もいいね。乙羽さんは、息子が彼女を連れてきて複雑だろうけどね」 


「彼女に息子さんを取られた気がするのかな」


「あはっ、五月さん、ストレートですね」


美浜の新居の完成が近づき、五月と明日香は時間の許す限り美浜の引越しの手伝いをするようになった。

今日も手を動かしながら、有栖川大樹とガールフレンドの話の最中である。


「そう、私は回りくどい言い方はできないの」


出会ったころは控えめな発言だった五月も、この頃は思ったことをはっきり口にする。

もっとも、こうして自分を見せるのは明日香と美浜の前だけである。


「男の子のお母さんってそうなんですか? 美浜さんも?」


「ほかの人はわからないけど、もし息子に彼女ができたら、わたしは息子を取られた気がするかもね」


近ごろ目に見えて成績がのびた長男は、勉強にもクラブ活動にも熱心に取り組んでいる。

うちの子は女の子よりクラブ活動が楽しいみたいだから、まだまだ心配いらないけどねと続けた美浜は、今朝、ゴミステーションで乙羽と立ち話をしたという。


「乙羽さん、大樹君とゆめちゃん先生のこと、なにか言ってましたか?」


「学生らしい付き合いをしてくれたらいいけれど、とかなんとか。乙羽さんは上品だから、子どもができないように気をつけなさい、なんて息子に言わないでしょう」


直球過ぎる美浜の返事に、明日香と五月は吹き出した。

こうして三人で気兼ねなくおしゃべりができるのも、あと少しである。


「男の子のお母さんって、もっとおおらかで気にしないのかと思ったけど、そうでもないんですね」


「五月さん、男の子の母になるの心配になってきた? けど、女の子も心配はつきないよ」


「そうですよね。私どちらでもいいけど、主人が男の子がいいって言い始めて、名前はダイキがいいだろうって、一人で盛り上がってるの」


早水大輝と有栖川大樹、ふたりを気に入った五月の夫は、名前をあやかろうと言い出した。
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