愛しのあの方と死に別れて千年<1>

3.ルイスの訪問


 まもなく十時を迎えようとしている。
 ライオネルと私は、まだ食事を続けていた。

「そっか。君の家は王都にあるんだね。きっと家族は君のことを心配しているよ。後で使いを出そう」

 彼は食事中ずっと、筆談で答えやすいような質問を投げてくれる。もともと気遣い上手な性格なのか、やり取りはとてもスムーズだった。とはいえ、答えられないこともある。

 私は自分の住まいが王都にあると答えたが、伯爵家の娘であることはまだ伝えていない。先ほど名乗ったとき咄嗟に姓を伏せてしまったから、今さら貴族だと明かすのは気が引けた、というのもあるし、貴族であることを知れば彼はきっと態度を変えるだろう。――私はそれが嫌だった。

「食事を終えたら僕は出掛けなきゃいけないけど、君はゆっくり休むといいよ。明日、王都に送ってあげるから」

 ああ、それはなんとありがたい言葉。もしも私が今の立場でなかったら喜んで頷いていただろう。
 けれど今の私は伯爵家の娘で、ウィリアムの婚約者。簡単に頷くわけにはいかない。

 それに、休ませてもらうのはともかく、王都まで送ってもらう必要は無いであろうと、私は心のどこかで感じていた。
 確証などどこにもない。けれど、明日を待たずして迎えが来るような……そんな予感がしていた。

 だがそんな説明をするわけにもいかない私は、無難に笑みを返す。
 すると彼は勘違いしたのだろう。

「本当に気にしなくていいんだ。僕は騎士団に所属していて、週の半分以上は向こうで寮生活をしてるんだ。ついでみたいなものだよ」

 そう言って爽やかに微笑む。それはなんの裏もない純粋な笑顔で、私の心にわずかばかりの罪悪感が芽生える。――すると、そのときだった。

「失礼致します」と低く落ち着いた声がしたかと思うと、ライオネルが返事をするよりも早く、執事らしき男が中へと入ってきた。

「ライオネル様、至急お伝えしたいことが……」
「食事中だから後にして――と言いたいところだけど、聞くよ、何だ?」
「それが……」

 執事は酷く戸惑った様子で、ライオネルへと歩み寄る。そうして、ライオネルに何事かを耳打ちした――と同時に、大きく見開くライオネルの瞳。
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