愛しのあの方と死に別れて千年<1>

6.白い月の夜に


 微かな灯りさえない、闇に覆われた部屋に差し込むのは、月の弱光だけであった。

 その部屋の主であるウィリアムは、窓の側にあるソファーに腰かけ、その背に身体を預けていた。彼はワイングラスを片手に、黙って月を見上げている。

 その側には彼の付き人であるルイスが、ワインの瓶を片手に白々しい笑みを浮かべていた。

「今日は大変お疲れ様でございました」

 ルイスは述べる。けれどもその言葉には少しも(ねぎら)いの情を感じられない。
 ルイスの言葉に感情がこもっていないのはいつものことである。けれどさすがのウィリアムも、今日ばかりは不満をぶつけざるを得なかった。

「お前はいったい何を考えている」

 ウィリアムは眉間に深い皺を刻みこんだまま、ワインを一口だけ含む。彼はゴクリ――と喉を鳴らして、再びルイスを睨みつけた。

「まったく……お前のせいで余計な心配事が増えた。いったいどう責任を取るつもりだ」

 アメリアをこの屋敷に招き入れる。その言葉は嘘ではない。けれど……。

 ウィリアムは自分の右手をじっと見つめる。アメリアを抱きしめたときの、得体の知れない感覚を思い出して。

「なぜお前は知っていた。彼女が俺の手を跳ね除けないと。なぜ、俺を拒絶しないと……」

 ウィリアムにはアメリアを抱きしめるつもりなど毛頭なかった。

 そうだ。昔の男を忘れられないと言っている少女を、どうして抱きしめることなどできようか。そんなことをすれば一層傷つけてしまうだけだ――ウィリアムはそう考えていた。
 だからルイスの提案を、最初はのむことができなかった。彼女を抱きしめ、愛を囁け――などという提案は。
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