愛しのあの方と死に別れて千年<1>

 ――これは呪いなのだろうか。

 いつしか私の心は絶望の色に塗りつぶされていた。
 私が彼を遠くから見ている限りは、彼が不幸になることはない。他の心優しい女性と結婚し、子供を作り、幸せになるのだ。
 けれど、愛する彼の幸せが私の幸せ、とはどうしても思えなかった。
 私だけを見てほしかった。私だけを愛してほしかった。けれどそれは決して叶わない。

 なぜ記憶が消えないのか。消えてくれればこんなに辛い気持ちにならずに済んだのに。なぜ私だけ……どうして彼は私を思い出さないのだろうか。
 いつしか私は私を――そして彼を、憎悪していった。

 そうして転生を三十回ほど繰り返した頃、私は彼以外の男と結婚し子供を産んだ。
 夫は私を心から愛してくれた。子供も私を母と(した)い、とても大切にしてくれた。

 それなのに、私は誰も愛せなかった。(いや)しい呪いを受けた私に、誰かを愛する資格などない。そんな卑屈な思いだけが、私の心を支配するようになった。

 あるいは……そう。人を愛することが怖かったのかもしれない。愛する者を再び失う恐怖から、目を逸らしたいだけだったのかもしれない――。

 ちょうど四十回目の転生で、私はついに貴族の家に生まれた。

 地方に住む男爵家。私は転生を繰り返すうちに、いつの間にか多くのことを学んでいた。
 語学、哲学、経済学、薬学、医学、そしてダンスに、裁縫、料理に乗馬。

 私の知識は、天才と呼ばれる者たちが一生で成し遂げるだろう何十倍もの量に膨らみ、その知識、経験に比例するように私が生を受ける家柄は上がっていった。

 おかげで暮らすには困らない。理由もなく(むち)で打たれたり、罵声(ばせい)を浴びせられたりすることもない。
 あの人と死に別れたときのように、戦争に巻き込まれて 命を落とすこともない。

 けれど良くないことが一つある。それは家柄が良くなるほど、世間が狭くなることだった。

 私の転生した先には必ず彼もいる。その彼はいつだって私より身分が高く、私の生まれる家の階級が上がるほど、彼はそれより上の階級として生を受けるのだ。
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