ワインとチーズとバレエと教授【番外編】
【亮二】エピソード

1


朝からつまらない  
講義を聞くほど  
苦痛なことはないー

そう亮二は思っていた。

でも今日はそうも
言っていられない。

ずっと精神科概論1の
講義をサボっていたため
今日の亮二は、
最後列の特等席をあきらめ
最前列から2番目の席に座った。   

最前列には
お目当ての
誠一郎が着席していた。

講義が始まって30分後
亮二は左斜め前に着先している
誠一郎の背中を、
シャープペンで 
ツンツンと押した。

誠一郎は「何?」という
顔して振り向くと

「ノート貸せよと!
コピー取らせて!
2回分、講義聞いてないんだよ!」

と、亮二が小声で言った。

「… 知るかよ」

誠一郎は、そんな亮二を
冷たくあしらった。

「いつも真面目に
講義に出てるお前くらいしか
朝から、気が狂った薬中みたいな
お前の父親の早すぎる板書なんて
ついていけないんだよ!」

「そんなの父親に文句を言え」

「 頼むよ!」

「津川くん」

藤崎教授がマイクで
亮二の名前を呼んだ。

「あ、 はい…」

小声で亮二が返事をすると

「立ちなさい」

藤崎教授に亮二は立つよう
促された。

それから藤崎教授は
何事もなかったように
講義を始めたので

「あの…オレ、
いつ座ったら…?」

「ずっと立ってなさい 」

そう言われ周囲から
クスクス笑い声が聞こえた。

「 お前のせいだぞ!」

と小声で亮二が
誠一郎に言った。

「俺のせいにするなよ」

「お前の親父が
頑固だからだよ!
家でもああなのか?」

「うるさいな、
お前に関係ないだろ」

うるさい亮二の声に、
誠一郎は振り返って抗議した。

「藤崎くん」

藤崎教授は、
誠一郎の名前を呼んだ。

誠一郎が前を向いた。

「立ちなさい」

誠一郎も立たされた。

みんな クスクス笑う。

「 お前のせいで
俺まで立たされたんだぞ!」

と誠一郎は、ムッとしていた。

「お前のオヤジは怖いな
息子のお前まで吊し上げかよ」

「2人とも静かにしなさい!」

キーンとマイクの音が
響くほど、藤崎教授が怒鳴った。

「私の講義を聞きたくなかったら
2人ともさっさと出て行きなさい!」

亮二と誠一郎はしぶしぶ
カバンに教科書を
詰めようとしたが

「荷物を置いて
さっさと出ていけ!!
二人共、じゃまだ!!」

藤崎教授はマイクで
怒鳴った。

二人は、講堂を
とぼとぼ歩き
そして
追い出された。

講堂内の生徒は、
二人に冷笑の目を向け
クスクス笑い声が響く。

「お前の親父は一体、
何なんだよ!」  

「知るかよ」

「とにかく誠一郎、
ノート貸してくれよ!」

誠一郎は、めんどくさそうに
ため息をついた。

「お前のせいで俺まで
とばっちりを受けて
何でお前にノートを貸す義理が
あるんだよ」

誠一郎は亮二を睨んだ。

「前の親父は息子にも厳しいな
あー、怖い怖い」

「だから、お前に関係ないだろ!」

誠一郎は振り向きもせず
スタスタ長い廊下を歩いて行った。

誠一郎は医学部生の頃から
クールだった。

でも部活のテニスは
サボることなく
一生懸命練習していた。

誠一郎はどこか
淡々としていて
いつも、何を考えてるか分からず
つかみどころもなかった。

「これだからお坊ちゃまは…」

亮二はつぶやいた。

亮二は、当時の誠一郎が
どこにやっていいのか
分からない怒りを
毎日テニスに
ぶすけているなど
知る由もなかった。

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