ワインとチーズとバレエと教授【番外編】



無事、退院し、
帰宅した誠一郎は
父親の目から見ても
落ち込んでいた。

その日、父親は 
誠一郎の部屋に来た。

「お腹はもう大丈夫か?」

「うん」

「そんなにお腹が痛かったら
早く言いなさい」

誠一郎はうつむいた。

「なぁに、たかが受験だ
気にすることはない
来年受ければいいさ
中学校から受験してもいいんだし
普通に公立に行ったっていいんだ
気にするな」

父は笑った。

「でも、お母さんが
お父さんが、がっかりするって…」

そういうと父は笑った。

「そんなこと気にしてないさ
お父さんだって、
高校の第一志望が落ちた」

父はカラカラ笑った。

そして誠一郎に
ビー玉のような鮮やかな
紙袋に入った飴を3つ渡した。

誠一郎の顔が、パーッと
明るくなった。

「これをやる誠一郎、
他の子にやっちゃだめだぞ
お前は優しい子だから
お母さんには内緒だ」

「うん 」

父から飴をもらったと言えば
母はきっと、虫歯になると
取り上げるに違いない。

父は誠一郎の髪を撫でた。
誠一郎もようやくホッとして
その日、ぐっすり
眠ることができた。

久しぶりの家のベッドはいい。
病院は何となく苦手だ。

母が毎日お見舞いに来たが
顔はなんとなく無表情だった。

りんごをむいてくれた手付きが
どこか義務的だった。

入院中、そんな母を見ながら
誠一郎は受験を失敗した罪悪感と
「盲腸なら仕方ないじゃないか」
という言い訳が交差していた。

そして、母親の顔を伺いながら
病室で眠りについた。

でも今は、父親の愛情を
確かに感じていた。


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