シリウスをさがして…

真実を知る

今朝の目覚めはいつも通りに寝坊していた。前の紬に戻っていて、弟の拓人もホッとしている。

 頭の髪の毛はぴょんっと妖気が立っているように癖ができていた。

髪をとかすことに気力がなく、手ぐしで終わらせて、顔だけはきっちりと整えておこうと決めた。

「おはよう~。」

 くたくたに着たワイシャツにちょっとよれているブレザー。リボンも紐が長くなっている。

「おはよ。あらあら、紬、ほらこっちおいで!」

 母のくるみは、身だしなみを整えてあげた。紬はぼんやりと遠くを見てる。

朝早く起きるというルーティン化は紬には難しかったようだ。

「大丈夫なの?昨日はすごい早く起きてたのに…。」

「うん、たぶん。」

 テーブルの皿にあったロールパンをつまんだ。食欲がない。
 牛乳を1杯飲んだ。

「いってきます。」

「いってらっしゃい。」

 調子が悪いのを熟知してたのか、何も言わずに見送った。

 お店のドアを開けて外に出た。
 カラカラと音が鳴った。

 トボトボも気力のない歩き方にホウキを持った父の遼平は、目につく。

「おーい。紬、大丈夫か?」

「うん、大丈夫。大丈夫。」

 大丈夫じゃない返事。

 でも体は動いている。

 きっとこれは森本美嘉との関わりでの相当なる気疲れと、陸斗の嘘な演技の仕打ちのダメージ。

 そして、輝久が好きだと勘違いされている周りからの意見。

 事実の異なる実態に、心が締め付けられていた。

 バス停にバスが到着していた。輝久がちょうど乗り込むところだった。ゆっくりと追いかけるように乗り込む。

 また前の紬に戻っていることに気づいた輝久は、体が動くほど驚いた。

「つ、紬? どうした?」

「お、おはよう。」

「お、おはよ。ほら、また髪、寝癖が凄いぞ。直してこなかったのか?」

「え、そう? やってきたつもりなんだけど。」

 輝久が何度も手ぐしでとかしても、頑固な寝癖だった。ピョンと立ち上がる。
 さっと輝久の手をよける紬。


「もういいよ。今日はナチュラルヘアーってことで、このままで。」

 諦めた紬。久しぶりに紬の頭を触れた輝久は少し嬉しかった。

「輝久……私、もう嘘つくの嫌だな。」

「え? 何の話?」

「あ、いや、でも、輝久には関係ない話だ。ごめん。」

「ああ、そう。」

 輝久は窓の外の景色を眺めた。

 紬はどうしようもないこの気持ちをもやもやにしたまま、沈黙が続いた。

 バスの座席のクッションは案外柔らかいんだなと改めて気づく。

(俺にだって…嘘ついてるじゃないかよ。どーせ、陸斗先輩のことだろ。)

 2人はそれぞれにため息をつく。

「輝久ー、ため息つくと幸せ逃げるんだよ。」

「え、紬だって、ため息ついたじゃん。」

「わ、私は深呼吸だもん。」

「嘘だ。ごまかしただろ?」

 そんな小さな小競り合いを続けて、幾分気分転換になったようで、紬は表情が明るくなった。


 学校では全然話せないのに、バスの中はお客さんがいるが、この輝久といるこの空間は自然に話せる。

 いろんな人と話したいのに、
 どうして自分は話せないんだろう。
 葛藤が芽生えていた。
 

ーーー

 教室について、
 いつも通りに席に着いた。

 何だか肩や首に圧を感じる。

 視線がすごく痛い。

 紬はバックから教科書を移動させて、腕の中に顔を伏せた。

 気象病なのか、変な気がズキズキする。


「紬ちゃん! おはよう。」

 なぜか怒ってる美嘉。
 状況が見えない。

「今日、しっかり話したいことがあるの。昼休み、優雅にランチしてる場合じゃないから、この教室にいて、ここで話すから。」

「あ……。」

 よく分からずに紬は頷いた。
 立ち去る時もなぜか凄い形相で怒ってる。

 何のことで怒っているのか紬は想像もつかない。

 怒りを買わせたことはなんだろう。

 何だかモヤモヤしながら、午前の授業を通常通りに受けた。


 すごく嫌な時間が流れている。

 美嘉だけじゃなく、取り巻きの友達の視線も痛い。無言の圧力を感じる。

 周りが怖くて、わずかな休み時間も立ち上がることができなかった。

 


 チャイムが鳴り昼休みになった。

 ガタガタの教室内の椅子やテーブルが動き出す。
 紬はお弁当はまだ出さずにそのまま座席に座っていた。

 まもなく、美嘉と取り巻きの友達、そして、昨日言っていた隣のクラスの磯村幸子も紬の目の前に現れた。


「紬ちゃん。今日はしっかり本当のこと聞かせてもらうからね!」

「え……。」

「昨日、陸斗先輩も康範先輩と一緒に屋上にいたよね? 付き合ってるとか何とか話してるのを丸聞こえだったんだけど、どういうこと?」

 今ここで初めて会う幸子。
 紬は挙動不審になった。
 人見知りも強い。

 急に話しかけられて、話された内容が頭に入ってこない。

 美嘉いわく、陸斗先輩の素性を知りたかったのは幸子の方だった。

 昨日の3人の会話を全て聞かれていた。

「紬ちゃん、陸斗先輩とはどうなの?」

 美嘉が聞く。

「あ、あ…。」


 案の定、何も話せなくなる。

「紬ちゃん。本当のこと教えて欲しいの!」

 美嘉が追い詰める。

「う…う…。」

 何も言えなくなって、その場から走り去った紬。

「え、あ、ちょっと!紬ちゃん。話まだ途中だよ。」

 廊下には輝久と隆介がいた。
 2人の真ん中を走り去る。

「あ、紬?! どこ行くの? 呼んでるよ。」

 輝久の声も聞こえず、そのまま屋上に繋がる階段へ駆け上がる。


 追い詰められても、何も話せない。
 何も言えない。
 本当のこと知りたいって問い詰められても、言いたくても言えない。

 何もできない自分を悔やんだ。

 涙が止まらなかった。

 屋上の手すりに捕まって、泣き明かした。



「障がい者なんでしょ。そう言う人に聞くの間違ってない?」

 幸子はボソッと言う。

「でも、陸斗先輩と本当に付き合ってたら私としては許せない。ずっと嘘ついてたから。」

 美嘉は陸斗先輩と付き合ってることそのものよりも嘘つかれていたことにイラだっていた。

「美嘉、私に協力するって言ったじゃん。その紬って子のことは良いから、今度は私と陸斗先輩のところに付き合ってよ。」

 幸子は冷静になって言い始める。

「え、やだよぉ。昨日、陸斗先輩に怒られたから会いたくない。1人で行きなよ!」

「えー。昨日私のこと言ってないよね?」

「何も話してないよ。好きな人いるかどうか聞いたら親しくないから言いたくないって言われて怒られたの。」

 幸子は苦虫を潰した表情をした。

「わかった。今日の放課後、1人で行ってみるから。」

 そう言い残すと、幸子は教室を出て行った。

 輝久は、紬の様子が気になって、隆介を振り切って、屋上に向かった。


 風が強く吹いていた。開けようとするドアがなかなか開かない。

 屋上の手すりにうなだれていた紬がいた。

「紬?」

 首を横に振る。まだ涙が止まらない。
 輝久には本当のこと言えない。

 前までは当てつけに陸斗のことを言おうとしたが、今は本気で陸斗を想っている。それを輝久には知られたくなかった。

 こんな想いするなんて、紬も思っていなかった。

 紬の横に行って、そっと頭を撫でた。

「大丈夫、大丈夫。」

 ふと、撫でられて緊張の糸がほぐれた気がした。

 涙は泣きたいだけ流せば後は乾いていく。

 止まない雨は無いように止まらない涙はない。


 輝久は、紬の行動を見て、大体は分かっていたが、あえて知らないふりわからないふりをしていた。

 遠くから見守って、嫌われないポジションでいたかった。

 恋愛は一度踏み込んだら、傷ついて傷つけられての繰り返し。邪魔する相手がいなくても妄想が妄想を呼び、良からぬことを考える。

 真正面からぶつかることをやめて、横から静かに見ているのも悪く無いなと思い始めた。


「体調良くなかったら、早退すればいいよ。無理すんな。」

「うん。今日は午後の授業に出る余裕がない。」

 紬は輝久の気遣いで教室から荷物を持って来てもらった。
 職員室に行って担任の先生に早退届を提出した。

「谷口、大丈夫か? 最近様子変だなとは思ってたけど、無理すんなよ。」

 頭をポンポンと優しく撫でられた。

「はい。」

 担任の五十嵐先生は優しかった。世界史教科担当でもあった。

 紬の症状のこともこと細かく調べてくれて、温かく見守ってくれている。頼りになる先生だった。

「失礼します。」

 小さな声で職員室を後にした。
 決まりきったセリフはどうにか言える。

 廊下で輝久が荷物を持って、待ってくれていた。

「はい、これ。持って来といたから。気をつけて帰るんだぞ。」

「あ、うん。ありがとう。」

 荷物を受け取ると、昇降口に歩いて行った。輝久は見えなくなるまで、ずっと見送った。

 校舎からバス停までゆっくり歩いていると、3年の教室の窓際から陸斗が外を見ていた。下に目をやると、紬が歩いていくのが見える。

 1人、帰ろうとする姿を見て、心配になった。

 遠くから見えていても声をかけられない。寂しさが残った。

 授業中だったが、腕の中に顔を埋めながら外を見た。このままの時間が止まれば良いのに、ただ見ているこの瞬間も愛おしかった。

 先生は黒板に授業内容を書いている最中だったが、書き終えるとすぐに変な格好の陸斗を注意した。

「ノートに書いていないのは誰だ? おーい、大越~、よそ見しないでこっちを見る!」

「あ、すいません。今、書きます。」

 慌てて体勢を戻すと、ノートに黒板内容を書き始めた。ぼんやりしていた時間が長いためか、書く内容が長かった。


***
 
 授業終了のチャイムが鳴る。
 陸斗は、バックの中に教科書を詰め込んだ。それと同時に耳にコードつきイヤホンをつけた。音楽をつけながら、ラインを開き、紬にメッセージを送った。

『今日、サボって帰ったの?』
 
 既読にはならない。スマホを見ていないらしい。サボる性格じゃないってわかっていてもいじわるなことを送った。反応が気になったからだ。面白がっている。

 バックを肩に背負い、教室を出ようとした。後ろには自然と康範が静かにくっついていた。

 目の前にガンつけてくる女子が廊下に立っている。
 自分には関係ないだろうとスルーして、階段に向かおうとした。

「あの!!」

 康範が陸斗の肩をポンポンとたたいた。音楽を聴いていたため、その声に気づかなかった。後ろを振り返る。

「ほら、なんか、陸斗に声かけてるみたいよ?」

「え、俺? なに、なんか用?」

 イヤホンを耳から外して、康範とその女子を見た。帰宅する生徒で廊下はザワザワついている。

「私、1年の磯村幸子です。ちょっと、陸斗先輩にお話しがありまして…。」

「ふーん。ここじゃダメな話?」

 幸子は、頷いて、こちらに来てと誘導された。階段の方までついていく。気になった康範もくっついてくる。

「あ、あの、すいません#陸斗__・__#先輩だけに話があるんですけど…。」

「あぁ。ごめんなさい。俺、陸斗の連れだから、んじゃ1階のラウンジで待ってるぞ。」

「え?今日、別に約束してねぇじゃん。」

「まぁ、いいだろう。来いよ?」
 
 康範は手をパタパタ振って、階段を降りていく。
 周辺では3年女子たちが陸斗が1年と話しているとザワザワしていた。

 屋上へ続く階段を登っていく。陸斗は幸子がずんずん進むとただ着いていく。

「おい、どこまで行くんだよ。」

「ここで良いです。屋上に行くと誰かに聞かれるので…。」
 
 屋上のドアの前で立ち止まった。

「んで、話って何?」

 陸斗は持っていたイヤホンのコードをくるくる丸めて、バックにしまった。

「えっと…私、昨日の陸斗先輩と谷口紬さんと一緒に話しているところ、全部見ましたし、聞きました。2人は付き合っているんですよね。」

「…あ、あぁ。聞いてたのね。…だから、どうした?」

 陸斗は聞かれていたことに驚いていたが平静を装った。

「そのこと、学校中に広めても問題ないですか?」

「そうだなぁ。できれば、広めてほしくないけど…。」

「交換条件があります。」

「交換条件?」

「私、陸斗先輩が好きです。でも、先輩は谷口さんのことが好きだって知ってます。だけど、1週間だけで良いので、私と付き合ってほしいです。そしたら、学校中に広めるのをやめます。」

「え…。そんな…。」

 頭が混乱してきた。断ったら、きっと隠しておきたいことが広がる。
 
 それを未然に防げるなら。

「できないなら、広めてもいいですよね。もし、条件を組みとってくれるなら、1週間後は一切合切もう関わることをやめます。どうですか?」

「君は本当にそれでいいの?」

「ええ、いいですよ。私は証が欲しいんです。陸斗先輩と付き合ったという証が。他に何もいりません。どーせ付き合ったって別れることのほうが多いですから。」
 
 強がっているという様子も見受けられなくもない。
 何だか、逆にかわいそうに思えてきた陸斗。
 幸子の心が歪んでいるのかもしれない。
 男女の付き合うのに、最初っから別れる目的なんて考えない。

 誰もがうやましがる陸斗と無理やりでも1週間という期間限定で交際する。ある意味、手柄が欲しいのかもしれない。

「…わかったよ。1週間だけな。絶対、その後は関わらないんだな。」

「もちろん。」

 複雑な心境だったが、陸斗は承諾した。少しでも彼女の気持ちが落ち着くならばと考えた。

「それじゃぁ。ライン交換してもらえますか?付き合うんですよね。」

 幸子はスマホを差し出した。陸斗はしぶしぶスマホを取り出して、ライン交換した。

「それじゃ、失礼します。」
 
 用事が済むと幸子はすり抜けて帰ろうとした。

「ちょっと待って。今日から付き合うんでしょ、一緒に帰るとかしないわけ?」

 一般常識的の交際というものを少しずつ理解しつつある。

「…さっきの先輩と何か用事があるんじゃないですか?」

「あ、康範? あいつは別にいいの。クラス一緒だし、いつでも会うから。ほら、帰るんでしょう。」

「私、これから部活あるんです。」

「あぁ。そう。…なら、終わるまで、校舎の中で待ってるから、ラインして。」

「わかりました。」

 幸子は、そう言って立ち去った。

 お人好しな性格が全面に出ていた。

 嫌なら、断ち切ればいいのに、何だか幸子の影の部分が見えて放って置けなくなった。

 1週間だけでも真剣に向き合ってあげようかと考えた。

 ラウンジで待っている康範のところへ向かった。
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