シリウスをさがして…

誰と付き合っている?

ラウンジでくつろいでいる康範がいた。

「陸斗ー。コーラ飲む?」

 ペットボトルのコーラを飲んでいた康範はもう1本のコーラを差し出した。

「お?飲んでいいの?さんきゅー。」

「さっきの子と何、話してきたの?」

「別に~。」

「そんなこと言わないで教えろよー。告白じゃないのかよぉ。」

「間違っているようで間違ってない。」

「どっちだよ?」

 キャップを開けて、グビッと飲んだ。

「女子って面倒だよなぁ。」

「そういうこと言う? 俺なんて彼女さっぱりできないよ。つーか、分けてほしい。モテて本当にうらやま~。」

  ベンチに座って話し始めた。
 校庭ではソフトボール部や野球部のかけ声が響いていた。体育館の方ではダンダンとボールの弾く音や叫ぶ声、靴が滑る音が聞こえる。

「できるなら、そんなに彼女なんてほしくないな…。好かれるってことはいつでも良いこととは限らない。待ってろ、もう少ししたら、康範に彼女紹介するから。」

 陸斗は磯村幸子を康範に紹介しようと考えた。 
 
 あの子は自分と付き合うより、大事にしてくれる康範みたいな人と付き合った方が幸せになれそうな気がした。

 というのも、自分から別な相手にシフトチェンジしてくれればなぁという思いも兼ねていた。

「お?本当? 別に可愛さとか求めてないからさ。とりあえず、気が合えばいいかな。楽しみにしてるよ~。てか、陸斗、帰らないの?」

「わるぃ、俺、今日、用事あって…。久しぶりに部活に顔出してくるかな。情報処理…。確かもうすぐ検定取れる時期だったはずだから。」

「そうなん?てかさ、陸斗、なんで3年なってからバスケから情報処理に転部したわけ?お前なら活躍できたじゃん。もったいない。」

「バイトしたかったから。あと、今のバスケメンバーとの気持ちがね、合わなかったのよ。情報処理は時間に融通効くし、資格も取れるからさ。堅実的に…。」

「まぁ、ここの高校、別にバスケに力入れてないって言うのはあったかもな。どちらかといえば、新体操とか、陸上、剣道とかだしね。コーチの質もイマイチか…。陸斗ならインターハイとか行けたかもしんないのに、中学の時は県大会まで行っただろ?」

「……まぁな。この高校選んだのは部活じゃないしね。結局、バスケって競技は全員が同じ目標向いてないと意味ないのよ。1人だけ頑張っても、上がれない。そういう世界…。でも、剣道なら、1人でもできるよな。やってみるかなぁ?」

 腕を組んで考えた。

 幸子を待っていなくてはならない時間も考えて、有無も言わせずに康範を引き連れて、高校の武道館に見学に行った。

 康範も情報処理部でほぼ帰宅部だったため、2人とも時間に余裕はあった。

 剣道は父親であるさとしが経験していることもあって、少しだけ興味あった。何も触れてはこなかったものだったが、この機会に見てみようと考えた。

 武道館の扉を開けると、防具の付けた部員たちが竹刀を持って、切り返しをしている。
 足を使って威嚇する音のダンッと言う音とともに、声を響かせる。そして、竹刀の当たる音がバシバシ聞こえる。

想像以上に迫力のある戦いだなと感じた。

「…失礼します。」

 初めて入る武道館。防具を付けた部長らしき人が近づいてきた。垂れネームに「齋藤」と書かれている。

「どうしました? もしかして、見学ですか?」

「え、まぁ。一応。」

「どうぞどうぞ。ご自由に見学してください。ぜひ、入部してもらえると嬉しいです!」

奥の方に案内されてマットの上で正座して見学した。座ってすぐに体の大きめの人がやってきた。垂れネームに「五十嵐」と書かれている。

「おぉ?大越か?」

「はいそうですけど、五十嵐先生ですか?」

「そうだ。なんだ、親の遺伝子ってやつ?お前も剣道するのか?」

 五十嵐先生は、父であるさとしが高校の時の担任の先生でもあった。

「今日は見学に来ただけなんで…。」

「興味あるなら次来た時までに防具と袴用意してくるから、やってみたらどうだ?お父さんにも後輩に指導してって声掛けといてよ。」

「えぇ、まあ。言っておきますよ。本当、今日は見学なんで…。」

 五十嵐先生はそのまま練習に戻って行った。

 ふとスマホを見ると、紬からラインが来ていた。

『サボりじゃ無いもん。』

 その言葉と共に怒りスタンプが来ていた。珍しく怒ってるのが逆に面白く感じた。

 武道館の外に出て、笑いが止まらなかった。

「あ、おい。見学終わり?って何してんだよ。ニヤニヤして…。」

 康範が1人笑っている陸斗に声をかけた。

 スマホのライン画面を見てることに気づいた康範は首に手をかけた。

 プロレスごっこが始まった。

「何、ニヤニヤしてんだよー!ちくしょー。」

 その様子が羨ましく感じる康範。

「ちょ、やめれって…。」

 康範とのじゃれるのも面白いと感じる陸斗。
 武道館にもう一度入り、

「先生、近いうちに父さん、ここに来るよう言いますから、よろしくお願いします!」

 五十嵐は、手を大きく振った。
 父のさとしが来ることが嬉しいようだ。
 陸斗と康範は武道館を出て、校舎に戻った。

「俺、そろそろ帰るわ。用事あったんよ。」

「なんだよ、用事あったのかよ。俺と話してる場合じゃないだろ?」

「母さんに買い物頼まれてたの忘れたんだわ。んじゃ、また明日な!」

 陸斗は手を振って、康範を見送った。だんだんと外は暗くなっていた。

 昇降口前の階段で座って待っていた。
スマホのラインを開いて、幸子に連絡してみた。

『部活終わった?』

『着替えたら、終わりです。』

『昇降口前で待ってるわ。』

『わかりました。』

 そのやり取りを終えて、すぐに紬のトーク画面を見て、返事を返した。

『具合悪いんでしょ? ゆっくり休め。』

 紬はそのラインメッセージを見て、具合悪いわけじゃ無いのに、心配されたことは嬉しかったが、今日の出来事を言いたくなかった。

 弱い自分を認めるようで嫌だった。
 強くなりたかった。

 ただでさえ、学校では話したいと思ってもできないし、自信のない自分。

 それだけで弱い人間とレッテルをはられてる。
 
 そうなることを選んだのは自分自身。

女子の敵ができることも分かっていた。それでも関係を続けていきたいと切に願った。

『うん。パンダと仲良く寝る。』

 本当のことを言わずにごまかすように目をつぶってパンダと抱き合った横顔写真を送ってみた。

 何気ない不意の写真に笑みが溢れた。陸斗は顔を映さずに自分の左手の甲部分を撮って送ってみた。


 女性とは違う骨骨しい手にいいなぁと素直に喜ぶ紬。

まさか喜ぶとは思っても見ない陸斗は、また口元がゆるみぱなしになってしまった。

その仕草を見ていた幸子は昇降口横にいる陸斗の横で面白くない顔をした。

「何にやけているんですか?」

 幸子は、さっと後ろから声をかける。

「わあ!」

「私はお化けですか…。」

 慌てて、スマホをポケットにしまった。

「あ、ごめん。終わったの?」

 幸子は、今の自分に勝てない存在がいることに喪失感を覚えた。

「はい。終わりました。」

「帰る方向、どこ?駅?」

 陸斗は辺りを指差す。

「東の方向に徒歩10分です。」

 高校から徒歩10分のところに幸子の家はあった。

「了解。待って、俺の自転車持ってくるから校門に先行っててもらえる?」

「いえ、着いていきますから。」

「あ、そう。良いけど…。」

 校舎から横並びに駐輪場へ向かった。部活終わりの生徒たちが行き交う中の帰宅だったため、ジロジロと見てくる人がいた。

「ねえ、何あれ。3年の陸斗先輩だよね。あの2人付き合ってんの?嘘でしょう。」

「最悪。また1年と付き合ってるし。2年には興味ないのかな!?」

 話してたのはどうやら2年の女子生徒らしく、大きく聞こえるように話してた。

「ガヤは気にするな。どーせ、面と向かって話せない人たちだから。」

「は、はあ…。慣れてるんですね。」

「そりゃね。大事なのは、当事者だからね。」

「あ、ありがとうございます。」

「別に感謝されること言ってないけど…。さて、お姫さま。どちらまでお送りすればよろしいですか?」

 自転車のスタンドを上げて、引き寄せた。公道に車体を動かした。
 
「あっちです。」

 校門を出て、左側を指差した。陸斗は自転車のハンドルの向きを変えた。

「このまま歩いていくから。いいよね?」

「あ、はい。」

 街灯が立ち並ぶ歩道をゆっくりと歩く。

 
 紬と歩くとしても校門近くのバス停までで、デートで出かけた駅の中やバスの中なくらい。

 花壇が並ぶ歩道を歩くのは久しぶりだった。

 何となく新鮮で、悪いことをしてるなんて気持ちはなかった。

 むしろ、幸子の方が、罪悪感でいっぱいだった。

 さっきのスマホ画面を見て、幸せそうな笑顔をしている陸斗との時間が、自分にはきっと生み出せないんだと落ち込んだ。

「あのー、私って変な女って思いましたよね?」

「あーー、ああ。確かにそうかもね。でも変かどうかって自分から言わなくてもいいんじゃないの? 確かめて君はどうしたいの?落ち込む?喜ぶ?」

「喜びはしないですけど…分かってるんです。一般的にこういうこと、しないって。彼女いる人に手出すことくらいダメだって…でも、少しでも1日でも付き合うって形が取れただけでも嬉しいかなと。どんな恋愛も、ずっとってなかなか無いならもう終わらせてもいいかなって思うんです。」

 しばし沈黙が続く。

「あのさ、君は本当に好きな人いないんじゃない?俺だって、本気じゃないでしょ? 自信ないんでしょ、自分に。」


 ハッと言われて気づく自分の心。

 みんなから好かれている人気者であるという言葉に惹かれて、この人と付き合っておけばいいと思い、本当の自分が好きかどうかは関係ない。


 誰かを好きでいる人がこちらを見てくれるかという挑戦。


 自己肯定感をあげたくて、相手の想いだけ受け取りたかった。確かめたかった。


 お人好しで優しすぎる陸斗はその本質を見抜き、同情する気持ちも込めて、今の幸子を相手していた。

「もう、着きました。ここです。」

「あ。ここ? 本当、学校近いね。」

 2階建ての大きなお家だった。
 門を開けて中に入っていく。

「ありがとうございました。」

「お、おう。じゃあ、明日学校で。」

 陸斗は手を振ると自転車のサドルに乗って、来た道を戻って行った。

 幸子は見えなくなるまで遠くから見ていた。

 心は全然手の届かない人なんだなと感じた。


 暗い道を立ち漕ぎして進んでいく。
 オートで付くライトが地面を照らしていた。



ーーー

 午前0時、1度ベッドに横になり眠りついたと思ったら、目がパッと覚めた。外では土砂降りの雨が降っていた。


 屋根から滴り落ちる音が響いている。

 少し肌寒く、一度目が覚めると次は眠れなくなった。ゴロゴロと寝返りを打ちながら、スマホのラインを開いて、夜中だったけども、陸斗に電話してみた。
コールが鳴り響く。

 眠っていた陸斗は、ラインの呼び出し音に気付き、目が覚める。

 紬だと分かると跳ね起きた。


『紬、こんな時間にどーした?なんかあった?』

「……眠れなくて、電話してみた。」

『そっか。子守唄うたう?』

「うたは良いけど…。話が聞きたいな。」

『えっと…生麦生米生卵…。』

「それ、早口言葉だよ。」

『うーん、隣の客は良く柿食う客だ。』

「それも、同じ!」

『元気出た?』

「ちょっとだけ…陸斗先輩、そういえば、図書室で会うって話どうなりました?週3日って言ってたのに、昨日まで1日も会ってないです。」

『えー、だって、昨日は紬、早退したでしょ? その前は美嘉って子がいて、出来事あったから図書室行けてなかったから。』

「んじゃぁ、明日は絶対、図書室で……。」

『………。』


 通話終了で終わるのかと思いきや、お互いに寝落ちして通話したままになっていた。

 寝息が双方に響いて、まるで同じ場所で寝ているかのようだった。

気づいた時にはスマホのアラームが鳴り響いて、午前5時だった。

先に目が覚めたのは、陸斗の方だった。

 電話の向こうで紬のスーハーと寝息が聞こえてくる。

「紬?」

『う、むにゃ~。』

 言葉にならない猫のような声で反応する。

「おはよう。」

『う、うわあ!? なに? ずっと、通話したままだった?』

 スマホ画面を見ると、約5時間ずっと繋がりっぱなしであることの数字が見えた。

「紬の寝息が聞こえてラッキーだな!」

『は、恥ずかしい! なんで、通話終了ボタン押してくれないの!』

「俺も寝落ちしてて、ボタン押し忘れててさ。でも、このまま繋いでてもいいなと思って…そのまま。そばにいる感じがしていいじゃん。」

『私は寝てて何も聞こえないよ…ズルい。』

「んじゃ次の機会だね。その時はどっちが先に寝て、先に起きるか。多分、俺の方が早いと思う。紬は朝苦手でしょ?」

 陸斗は、枕を抱っこして、話す。
 紬はうつ伏せに寝返りして、ベッドにスマホを置いた。

『うん。そうだけど…。』

「実際に一緒にいないと俺の寝息は当分聞けないね。ラインではきっと無理だ。」

『むー……。』

「む? むささび! んじゃ紬が「び」だね。」

『別にしりとりやってるわけじゃないよ! もう学校の行く準備しなきゃないから切るね!』

 少々、ご立腹の紬は一方的に通話終了した。

 そう言いながらも、はにかんで、嬉しそうだった。

 初めて、5時間以上も通話した記録が残る。

 長時間話していた訳じゃない。寝ていただけでも、すごく嬉しかった。

繋がっていた時間が長い。

ただそれだけで何かが満たされた。





 陸斗は鼻歌を歌いながら、ハンガーにかけた制服に袖を通した。



 隣の部屋から出た悠灯が、ドアの隙間
から陸斗を見た。


 あまりにもご機嫌の兄が気になった。

「お兄、気持ち悪いよ…。」

 ボソッと言う。

「は? 悠灯、何、のぞいてんだよ。エッチ~!」

 男なのに、両手で体を隠した。
 もちろん、制服は上下とも着終わっている。
 悠灯は逃げるようにリビングに向かった。

「お父さん!! お兄がおかしいよ!」

「え?悠灯。陸斗がおかしいのはいつもだって、気にするなって。」

 父のさとしは、朝ごはんを作るのに、フライパンに油を敷いた。

「そっか、そうだよね。今に始まったことじゃないね。落ち着け、悠灯。」

 気持ちを落ち着かせた悠灯。

「陸斗~。五十嵐先生のことだけど、俺、いつ行けばいいの?」

 いつも通りの調子で部屋から出てきた陸斗。制服のネクタイを整えた。バックを椅子の上に乗せる。

「おはよー。だから、昨日、言ったじゃん。いつでもいいから防具一式持って、部活の指導に来てだってさ。」

 巣篭もりキャベツという目玉焼きをお皿に乗せた。

「おはよう! ほら、朝ごはん食べて。悠灯も座って!陸斗、お弁当、テーブルに置いてたから。」

「はーい。いただきます。」

「んで、何だっけ。武道館には、いつ行っても良いのね。ん?陸斗は剣道しないの? 防具借りてやってみればいいじゃん。多分、部室に多めに防具あるはずだよ。」

 コーヒーをマグカップに注ぎながら、話す。陸斗と悠灯はもくもくと食べ始めた。

「…見学行ったけど、勇気がないな。」

「俺が行った時にでも、やってみたらいいさ。慣れてくるとスカッとするぞ。」

「ほ、へぇ~。気が向いたら…。あ、時間が、そろそろ行ってきまーす。」

「私も出ようかな。行ってきます。」

 早々に食べ終わり、食器を片付けた。

「おはよう~…。」

 あくびをしながら、起きてきたの母の紗栄だった。

「紗栄、寝ててもいいんだぞ。昨日帰ってきたの夜中だったんだろ?」

朝ごはんにありついていた。

「うん。でも、みんなと夜まで会えなくなるなら、行く前に会っておこうと思って…。行ってらっしゃい。」

目をこすりながら言う。

「お母さーん。あのね、来週三者面談だから、お父さんじゃなくお母さんがいい!!」

 母に抱きつく悠灯。

「そうなんだ。わかった。予定確認しておくから。」

「やったー。それじゃ、行ってきます!!」

 悠灯は、玄関でドアを開けた。陸斗も靴を履き替えている途中だった。

「陸斗、変わりない?」

「うん。母さんと似ている人がいるくらいかな。」

「え?どういうこと。」

「行ってきます。」

 返答もせずに、玄関を出た。
 紗栄は意味が分からずに、ため息をついた。お年頃の陸斗をあまり理解しにくかった。

「ねぇ。陸斗、大丈夫? 私に似てるってわかる?」

 食卓に席について聞いた。

「あぁ。何か最近会っている子じゃないかな? はっきりとは言わないけど、バイクに乗せたらしいんだよね。」

「えー2人乗り危なくない?でも、いいなぁ。若さだよね。バイクか…。え、お父さん、バイク乗ったことないよね?」

 コーヒーを飲みながら、昔をポーと思い出す。

 過去にさとしはバイクを乗ったところを見たことがない。

 遼平が乗っていたことは紗栄はすっかり忘れていた。


「うん、ないよ。乗ったことないから、怖くて…。いつ陸斗が事故起こすんじゃないかと思ってさ。車より守るものないから危ないよね。」

「男の子だから、乗り物は好きなんだよねきっと。仕方ないか。でも、もうすぐ18歳なるし、車の免許取らせてもいいんじゃない?」

「大学行くって話だから、その時でも良いんだろうけど、でも、今のうちに取らせた方いいよな。4月生まれだからもう通えるね。」

 「そうだね。んじゃ、こちらをいただきます。」

 紗栄は、さとしが作った朝ごはんを食べはじめた。

「そのバイクに乗せたって子が私に似てるって?」

「そうそう。そうらしいのよ。あいつも、俺みたいにモテるらしいからね。」

「はいはい。過去の栄光…。」

「何だよ。釣れないなぁ。その彼女は誰ですかね。」

「私ですけど…。今はだいぶ、おじさんじゃない。私は、若いとか老いてるとか関係ないけどね。」

「ふーん…。紗栄、じっとして。」

 目の下にまつげが落ちているのを見つけたさとしは、顔を近づけてそっと右手で取った。と、実際にまつげはついていて、嘘はついてないが、ふと口づけした。
 久しぶりに出張から帰ってきて、離れている時間が長かった分、戻ってきた時はひとしおだった。

「も、もう!まだ、ご飯食べてるのに!」

 頬を赤らめながら、怒っている。

 嬉しい反面、怒りもあって、複雑な気持ちになっていた。それでも、愛されるという肯定感が上がり、嬉しかった。

「怒るなよ。久しぶりなんだから。」

 この夫婦にとっては出張という離れている時間で織姫、彦星のような遠距離になって久しぶりにあった時に想いが大きくなって、夫婦だが、恋人時期に戻るくらいアツアツだった。

 毎日、一緒にいるよりも嫌な部分を少しカモフラージュできて、ちょうどよい距離感だった。

 食欲よりも性欲が勝ったのか、2人の時間は濃密になって、まだ朝9時であるのにも関わらず、テーブルの上に乗った朝ごはんは冷めていくくらい放っておかれていた。

 テーブルの上では、さとしのスマホに 在宅ワークの上司の名前が画面に表示されている。
バイブレーションの音で、鳴り響いていた。
 
 そのことを忘れるくらいの夢中になる何かが夫婦の時間が流れていたようだ。
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