シリウスをさがして…

体育館裏のお呼び出し



 カーテン越しに窓を覗くと、外はキラキラと輝くように晴れていた。

 スズメが2羽仲良く飛んでいる。

 遠くでバイクの走る音が聞こえた。

 今日はスマホの目覚ましより2分早く起きた。

 今、アラームの音が鳴る。サッと音を消した。

 外は晴れているのに気持ちは何だかモヤモヤしている。

 今日もまた、学校に。

 お腹が鳴っているけれど、気持ちは落ち着かなくて、食欲がない。

 制服に着替えた。

 あまりウキウキにしない朝。

 ミディアムヘアを髪をさらりとブラシでとかして、ナチュラルメイクをした。眉毛は少し緩いカーブになった。

 鏡を見ながらため息をついた。

 昨日の輝久を思い出してしまう。

 今日からどんな顔して会えばいいのか。

 陸斗のことも気になる紬。

 自分は一体、何をしてるんだろう。
 誰と付き合ってるんだったかな。
 今は誰とも付き合ってないのかもしれない。

 今まですべてが幻想。

 そう思えば心が楽なのかもしれない。

 一度、フラットに。

 誰とも付き合ってないと言い聞かせて、ちょっと前の自分にタイムスリップで戻ってしまったと言う気持ちで登校してみた。

 その気持ちはすぐに崩れた。

ーーー


 バスに乗る紬。

 少々顔を赤らめた輝久が手をあげて挨拶する。

 珍しく、頭にはチョンと寝癖が立っていた。

「おはよう。」

「おはよ…。昨日眠れなかったの?」

「え、なんで分かるの?」

「頭、寝癖立ってるから。」

「え、嘘。鏡持ってないけど…。手ぐしでとかしても無理だよな。」

「輝久が寝癖って…初めて見る。」

「俺は常にかっこいいからな。」

 あごに指をつけて言う。

「…そんな訳ない!」

 肩を軽くたたいた紬。

 予想外な出来事に動揺する。
 今までにないことが起きていた。

「ツッコミが強烈だね。」

 腕をおさえながら言う。

「ごめんよ!」

 何となく、いつものような雰囲気にしようと無理に合わせていた気がする。

 胸の端っこがソワソワした。

「いつもの紬だから良いよ。絶好調だね。」


 バスが大きく揺れる。

 右折の道に差し掛かった。

 座席に座っていたため、影響はなかった。

 いつも通りの空間でバスは進んでいく。ホッと安心した時間だった。





チャイムが鳴り、一通り午前の授業を通常通りに受けられた。

今日のお昼は、食欲が無いからと母に頼んだおにぎり2個を食べようと教室の自分の席で広げて、頬張ろうとした。

 廊下から、見たことのない先輩たちの集団が集まっていた。

「ここに谷口 紬と言う人はいる?」

 厚化粧をし、髪もギシギシにブリーチにしていたり、茶髪でリボンをつけたり、かなり濃くオシャレをした女子たちが紬を探してやってきたようだ。

 ズカズカと4、5人が教壇の上に立って、近づいてきた。

 クラスメイトがこちらを指差していたためだった。


「あなたが谷口さん?」

 背の高い、つけまつげしてアイシャドウバリバリのギャルメイクをした先輩が目の前にやってきた。

 緊張のあまり話せずに黙って頷いた。すごく怖かった。

「ちょっと話があるの。来てもらえるかな?」

 横にいた取り巻きの女子が両脇に立ち、紬の腕を掴んで連れて行かれる。
 囚われた宇宙人のようだった。

「紬ちゃん、大丈夫?」
 
 美嘉が心配して話しかけた。

「あの、先輩方、紬ちゃんをどうするんですか?」

「話があるだけよ。」

 そう言い残して、紬は教室を出て、体育館裏まで連れて行かれた。

 全部で10人ほどの2年と3年の先輩に囲まれた。

「さてと、お話じっくり聞かせてもらいましょう。あなたは3年の大越陸斗様という男子と付き合っているというのは本当かしら?」

 リーダーのような厚化粧で金髪の女子が言う。

「……。」

 人前で話ができない紬。今、交際してるかどうかなんてはっきりしてないため、頷くこともできなかった。


「あのね…ネタは上がってるの。磯村幸子から聞いてるのよ。あなたと陸斗は交際してるとはっきり聞いたわ。本当のことを言って!」

 首を横に振る。

「隠しても無駄よ。あなたが陸斗様と過ごしてたであろう写真がたっぷり持ってるから!」

 地面に落とした袋には、誰が撮ったか分からない写真が何十枚も出てきた。屋上で話してる時と図書室で話してる時の2人の写真だった。

 いつの間に撮られていたのか分からなかった。

「!?」

「この学校のルールでは、大越陸斗様と付き合うには、会長の許可を取ってからと決まってるのよ。あなた勝手に付き合ってはいけないのよ!!ルール違反です!」

 そんなルール聞いたこともない。初めて聞いた。

「大越陸斗様は、みんなの陸斗様なの。イケメンでしょ、背が高いでしょ、優しいし、最近は何だか剣道をやるとかやらないとか五十嵐先生から聞いたわ。楽しみよね、みんな。かっこいいところが見られるのは!」

 一同同時に頷いた。

「勝手に付き合うじゃないわよ!」

「そーよそーよ。みんな我慢してるんだから。」

 囲まれて、責められる。

 誰かと付き合うのに許可がいるのか。

「だから磯村幸子も、掟を破らないようにって期間限定交際とか言ってたらしいわ。本当はそれも違反だけど、別れたらしいから認めることにするわ。」

 紬にとっては初耳だった。耳を疑う。

「?!」

 何とも言えずに息を呑む。
 何をされるのか警戒をした。

「大越陸斗様のルールを破った者は罰を与えるの。みんなやるわよ。」


 ゴソゴソと取り囲んで、両腕と両足を押さえた。抵抗したが、動かせなかった。一部の女子の筋肉が強かった。

 ボディビルダーのようだった。

 油性ペンを持ったリーダーがまぶたに大きなキラキラな目を書き始めた。そして、頬に赤くして、おでこには肉の文字。

「約束を破った者は醜態をさらすことになるのよ。もう2度と破らないで!」

 油性ペンをポイっと投げ捨てた。

 ガヤガヤとギャラリーができ始めていた。話を聞きつけて、当事者である陸斗がやってきた。

「おい!何してるんだよ!」

「きゃー、陸斗様よ! みんな整列して。」

 紬をボンっと地面に投げ捨てて、10人の女子は陸斗を取り囲んだ。

「大越陸斗様、ばんざーい!」

 なぜか急に胴上げが始まった。野球の優勝したあと監督をあげるあのシーンを思い出す。

「はーい。おわりー。陸斗様、今日もかっこいいです!」

「目の保養になります。」

 陸斗もまた紬の横の地面に落とされた。

「何の真似だ! 紬をこんな変な格好して、俺を胴上げして何が楽しいんだ!!」


「私たちは陸斗様のファンクラブです。常に陸斗様を応援する会なんです。今回も勝手に行動した谷口さんも、我がファンクラブのルールである陸斗様と付き合うという約束を破ったので、このような罰を与えたのです。何がいけないんですか?」


「宗教かよ! ファンクラブだか何だか知らないけど、そんなこと頼んだ覚えはない。紬と付き合ったのは俺が選んだことだ。俺は、谷口紬が好きなんだ!」

 公衆の面前で陸斗は告白をした。
 どこかで口笛が鳴る。

 紬はそう言われても、状況が状況で複雑だった。

 陸斗ファンクラブに所属金髪リーダーの#坂本真帆__さかもとまほ__#は、過去に陸斗に告白して振られたことのある女子で、振られた経験のある女子を集めて、また新しく陸斗と付き合わないように集団を作ってファンクラブグループにしていた。

「私は…陸斗先輩のためを思って、これ以上迷惑にならないようにと思って、やってきたんです。でも、ごめんなさい。陸斗先輩が望んで選んだのなら、私に言うことはありません。」

「今すぐ、消してあげて。」

 陸斗は紬の顔を指して、真帆に言う。真帆は持っていたバックからメイク落としシートをグリグリと紬の顔に押し付けた。
 目も頬もスッピンになった。
 珍しくメガネじゃなく、コンタクトにしていたため、拭きやすかった。

 何度もおじぎして、謝りながら、ファンクラブメンバーはゾロゾロと立ち去った。

 陸斗は手を紬に差し出して、体を起こした。グッと引っ張って、体を抱き寄せた。

「色々ごめん。」

 首を横に振った。

 磯村幸子のことも、今の人の言葉を聞いて、信じることができた。

 本当のこと言ってくれていたらと思った。

 昼休みと言えども、周りにたくさんの人がいる。

紬はポケットからスマホを出して、メモ画面を開いた。

タップして文字を入力した。


『堂々と浮気してたんだね。』

 陸斗はその文字を見て、紬の額に頭突きした。

「浮気じゃないツゥーの。」

「!」

 左手で額を抑えた。

「磯村とは付き合うって言ってもただ一緒に帰っただけだし、何もないよ。3日だけのお付き合い。期間限定。」

 頭突きついでに紬の腰に腕を回した。
 紬はニコニコし始めた。

 気持ちが元に戻って安心した。

 もう堂々と付き合うことができると思うとお互いに口元が緩んだ。


 2階からコツンと何かが落ちてきた。

「昼間っからイチャつくんじゃねーよ。」

 康範が紙屑を陸斗の頭に投げてきた。そう言う康範も隣には磯村幸子がいた。

「は? そっちだっておなじだろ!?」
 
 紙屑を投げ返した。ちょうど窓のところまで届いて、廊下に落ちた。

 しばらく小競り合いが続き、ロマンチックムードが台無しになった。

 呆れた紬は、そのまま教室に戻って行った。

「あ、おい。紬、待てよ~。康範覚えておけよー!」

「陸斗もな!!」

 男子というのはこうもふざけるのが好きだなと理解しにくい行動だった。

 いつ間にか、周りにいたギャラリーもいなくなっていた。

 まもなく、昼休みが終わろうとしていた。

 その様子を遠くから一部始終見ていた輝久は何だか紬の笑顔が戻ってよかった
と心から安心した。

ライン画面を開いて、メッセージを送った。

『今日は必ず図書室で待ち合わせ。』

『わかりました。終わったらすぐ行く。必ず行く。絶対行く。』

 陸斗の圧が凄かった。確信を得られた紬は確認した後、スマホをポケットにしまった。

 放課後が楽しみになって、午後の授業もうきうきしながら受けていた。
 横にいた田中も、その気持ちがわかるくらいニコニコしていた。
 

 学校の大勢の生徒の前で告白された紬。

 はじめは嫌がっていたけれど、本当の陸斗の気持ちを知れて心から嬉しかった。


むしろ、なぜ今まで言わなかったんだろうと後悔した。

 その後、紬に嫌がらせをする女子はいなかった。

 大越陸斗ファンクラブも解散していた。

ーーー

 図書室でお気に入りの本をご機嫌に座って読んでいた。
 今日は他に誰も生徒はいなかった。
 ワイヤレスイヤホンを耳につけて、読んでいたため、背後から近づいてくる人に気づかなかった。

 両手で目を隠された。

「だーれだ?」

 本を読んでいた紬は、突然のことに驚いた。当然のことながら、陸斗だと思った。

「え……。」

 後ろを振り返ると、いつも、陸斗と一緒にいる康範だった。

「あ、陸斗だと思った? 今来るから…。」

 さーっと背筋に鳥肌がたった。

「?!」

 図書室の出入り口からイヤホンを外しながら、陸斗が入ってきた。

「おい、康範。何してんだよ?!」

「え、誰だ?って両手で目隠してみたところ。紬ちゃん、陸斗と勘違いするかなと思って。」

「バカ! 紬、嫌がってんじゃないかよ。ほら、震えてるし。初対面に近いお前はまだ、早いって!」

 紬は陸斗の後ろに移動して、陸斗はそっと肩に手をやった。

「ほんのイタズラじゃん。怒るなよ~。だって、昼休みにたくさんの生徒の前告白したじゃんさ、羨ましいなって思って。」

「お前だってあの時、磯村と一緒にいたじゃないか。」

「あれは、ただ、話してただけだし、付き合ってないし。」

 まだ踏ん切りがついてないようだった。

「康範の話はいいや。紬、今日図書室で話すってことだったんだけど、今日父さんが剣道教えに来るってことで俺、立ち合わなくちゃいけなくなったんだ。一緒に来てくれない?ごめんな。康範も見学者だから。」

「け、剣道?」

「え、嘘。喋った。初めて声聞いた。紬ちゃん声出せるんだね。」

 無意識に出た。康範がいたのに、陸斗の前だったためか、発してしまった。そう言われて、思わず口を塞いだ。

陸斗に近づいて、耳元でゴニョゴニョと話し始めた。

「なんだよ。俺だけのケモノ?」

「康範、あまり、紬にちょっかいかけるなよ?」

「わかったよ。気をつけるから。」

 紬は初めて、陸斗以外の友達の前で声を出して、自分でもびっくりしていた。

「んじゃ、武道館行こう。そろそろ、着いてる頃だと思う。」

 紬はドキドキした。

 陸斗のお父さんと会えることと、もしかしたら陸斗が剣道しているところを見られるかもと思うと嬉しかった。

 陸斗を真ん中にして、右に紬、左に康範の立ち位置で廊下を歩く。
 
 何気なく、康範に見えないように右側で2人は手を繋いでいた。

 康範と陸斗は市内に新しくできたカフェの話で盛り上がっていた。


 隣で手を繋いでいた紬は黙って聞いていた。

 話には参加できていなかったが、それでも問題なく過ごせていた。


 久しぶりに手を繋いでくれて嬉しかった。

 絶対に康範に見えないようにと試行錯誤しながら歩いていた。
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