シリウスをさがして…

見たもの聞いたもの

空は雲行きが怪しかった。
今にでも、雨が降りそうで、降らない天気だった。

 さっと吹く風が少し冷たかった。

 今朝は陸斗と一緒に目を醒めたため、ヘアアレンジはいつも以上に念入りにできた。化粧もそこそこに、紬は、下におりていく。

「おはよう。」

「あ、紬。おはよう。今日、お弁当のおかずないから、買ってくれない?ごめんね。」

 母のくるみは、財布からお昼代金を出した。

「あ、うん。わかった。」

(購買でまた買わないといけないんだ。やだな。仕方ない。)

紬は食卓にあるロールパンをつまんで、牛乳1杯を飲み干した。

「行ってきます。」

「行ってらっしゃい。気をつけてね。」

 お店のドアを開ける。

 父の遼平がいつも通りに掃除していた。

「紬。傘、持っていきな。」

「うん、ありがとう。行ってきます。」

 後ろ姿を見送った。

 いつものようにバスが到着した。バス停では輝久が先に待っていた。

「おはよー。ほら、乗るぞ~。」

「おはよう。今行くー。」

 今日は、寝癖1つ無く、ふわふわパーマのおしゃれだった。何かいいことがあったんだろうと輝久は保護者目線で考えた。寝癖を触ることができない寂しさはあった。伸ばした手を戻した。

「紬、今朝は調子よさそうだね。」

「うん。そうだね。割といいかも。輝久は?」

「俺のことはいいんだよ。紬、何かあったらなんでも言って!」

「え、なんで急に。」

「俺は便利屋さんだからさ。お任せあれ。」

「何それ。変なのー。そんなこと言われなくてもいつも話してるんじゃない。今更でしょう。」

「そ、そぉ? 言ってみたかったの。俺は。」

「輝久、何考えているの?何か企んでる?」

「別にぃ。まぁまぁ、もうすぐ着くよ。」

 紬の背中を軽くポンと叩く。

 何となく、予期していたのか、この言葉が紬にとって励ましになった。

 いつも、落ち込んだり、泣きたくなったら、輝久がそばにいた気がした。




****




 昼休み、購買でパンを買おうとしていた紬。予想以上に早く着いて、好きなメロンパンを手に入れることができた。

 紙パックのいちご牛乳は購買に来た時の定番になった。

 陸斗からもらったいちご牛乳を思い出す。
 
 教室について、今日こそは1人で食べられると安堵しながら、Bluetooth接続のイヤホンを耳につけて、メロンパンを食べようとした。


「ねぇねぇ!! 紬ちゃん、昨日、陸斗先輩と付き合った話出てたけど、陸斗先輩紬ちゃんと別れて、幸子と付き合っているって本当!? 何か、ごめんね。昨日は責める形になっちゃって…。私は交際していることより、嘘つかれていたことがショックだったよ…。って、そのことより、どういうことか知ってる??」

 美嘉が机にあごをつけて話しだす。情報がありすぎて、理解できなかった。
 紬はメモとペンを取り出し、筆談で答えた。

『嘘ついたのは、ごめんなさい。他の人に知られることが怖かったの。』

「あ、ううん。大丈夫。私は平気。謝ってくれてありがとう。それで…幸子のことってどうなのかな?」

『それは、よく分からない。私は別れたってことになるのかな。』

「紬ちゃんはわからないんだね。先輩に聞いた話だから確信は得られないんだけど、昨日陸斗先輩と幸子が一緒に帰ったんだって。」

そこへ、当事者である幸子がこちらに近づいてきた。

「あ、谷口さん。お話聞いてないかな。私、陸斗先輩と付き合うことになったから、邪魔しないでね。」

「え、幸子、それって本当なの?」

「うん。本当だよ。谷口さんと別れるって言ってたわ。」

 紬は信じられなかった。

 昨日、5時間ずっとラインを繋ぎぱなしにしていて、喜んでいた。

 何にも怒ってないし悲しいこともないし、別れる話なんて、一言も聞いてない。

 今日だって、図書室で待ち合わせするって言ってたはず。

 嘘だと思いたい。
 
 紬は無言を貫いた。

「黙っていても、陸斗先輩は私と付き合っているから。」

(1週間だけだけど…あと3日だけ。)

 幸子は強がってみたかった。
 今だけはあの人と付き合っていることをアピールしたかった。
 
 幸子には印籠がある。
 
 交際していることを広めないという内容。

 そう言い残すと立ち去った。

 美嘉も紬も呆然と立ち尽くした。

「紬ちゃん、大丈夫? あれ、本当なのかな。確かに一緒には帰ってたみたいだけど。」

『陸斗先輩にきちんと確かめておくから。』

 美嘉に筆談で答えた。
 話せないなら、もう筆談でいいんだと割り切ることができていた。

 図書室で待ち合わせの放課後。
 
 好きな本をずっと読み漁って1時間。全然来なかった。やっぱり、幸子の言ってることは本当だったのか。


 幸子は3年のクラスの教室前にまた立っていた。終了とともに、3年の生徒たちが行き交う。睨んでいくる女子生徒もいたが、気にせず、陸斗を待った。

  先に出てきたのは康範だった。

「あれ、この間の1年だね。陸斗待っているの?」

「はい。」

「あのさ、陸斗のどこがいいの?」

「え、…優しいとこ?」

「ふーん。優しいくらいなら俺でもいけそうだけどな。」

 陸斗が教室から出てきた。

「あれ。今日も一緒帰るんだっけ?」

「ええ、まぁそうですけど。」

「ちょっと、待ってよ。先約あるからさ。今日は無しじゃダメ?」

「それじゃぁ、意味ないですよね。」

「ちぇ、わかったよ。んじゃすぐ帰ろうよ。」

「ちょっと、陸斗。2人はどういう関係?紬ちゃんは?」

「いろいろあって、終わったら話すから。」

「終わる?どういうこと?陸斗、浮気かよ。最悪だな。」

「浮気じゃないよ。いろいろとあんの。」

 疑問符が頭に浮かぶ康範。
 陸斗は早々にことを済まそうと、幸子を置いて、階段をおりていく。
 「交際」が陸斗にとって「業務」になっているようだった。

 1週間の期間限定の交際で愛のかけらもない。

 淡々とこなす仕事の状態だった。

 幸子はそれに不満を抱くようになった。

 自転車は駐輪場に置いたまま、陸斗は幸子を自宅の方へ送ろうと考えた。校門を出たところでハッと気づく幸子。

「自転車はいいんですか?」

「別に。気にしないで。ほら、行くよ。」


 さっぱりとした対応されると幸子も不満を感じる。

「陸斗先輩。私、これは付き合っているっていわないと思うんです。」

「は?んじゃどうしてほしいわけ?」

 隣にぺったりと寄り添い、手を繋ぎにいく。陸斗はあまりうれしくはなかったが、致し方なく、手を繋いだ。

「それでいいの?」

「はい。これでお願いします。」

 何か嬉しくて、好きじゃ無い人と手を繋がないといけないのか。複雑な思いのまま、約10分の時間を沈黙で過ごした。

「着いたけど…。」

 サッと手を離す。
 陸斗はポケットに手を入れた。
 幸子は陸斗に気づかれないように足跡を残した。陸斗の反対側のポケットに幸子の物を入れた。
 
  一緒にいた証拠を残したかった。
 さちこと書かれたキーホルダーを入れた。

「はい。ありがとうございました。あと2日ですね。」

「てかさ、やっぱりやめない?これ。好きでもない俺とこうやって過ごして、何が楽しいの?」

「いいんです。あと2日で終わりですから。そちらこそ、今やめたら、大変なんじゃないですか?」

「別にもういいかなって…気持ちに嘘つくよりかはトラブル回避や対処した方が楽なような気がして…。今日で終了じゃダメ?」

 陸斗は嫌気がさしてきて、期間限定交際っていう形をやめたくなってきた。

「やめる代わりに、友達紹介するからさ。ラインで連絡とってみてよ。大体は俺と似たところあるし、類は友を呼ぶって言うでしょう。」

 陸斗は康範の招待画面を表示させて、幸子に送った。

 男友達がいなかった幸子にとって、何となく自然に受け入れることができた。

 陸斗に対する熱はそこまでではなかったのかもしれない。

「今日でやめるなら、約束通り、交換条件の噂を広めさせてもらいますよ。いいですか?」

 帰ろうとする陸斗の背中に言う。
 幸子は焦りを見せた。

「ああ。いいさ。お好きにどうぞ。」

 幸子は苦虫をつぶしたように唇をかんだ。陸斗はすぐにでも幸子との関係を断ち切りたかった。

「もう、俺に関わるのはやめるんだよな。」

「はい。そうさせてもらいます。短い間でしたが、ありがとうございました。」

「んじゃ。」

 陸斗は後ろを振り向かずに、その場を後にした。ラインを開いて、紬に連絡しようとしたら、顔を見上げると、数メートル先に図書室にいたはずの紬と輝久が校門前で立っていた。

「あ、ちょうど、良かった。今連絡しようと…。」

「陸斗先輩、さっきのどういうことですか?」

 輝久が問いただす。

「さっきのって?」

「いや、だから、今、どこに行ってたんですか?」

「あ、ああー。友達、歩いて送ってきただけだけど、それが何か?」

「紬、今日、さっき一緒にいた幸子って人に、陸斗先輩と付き合ってるって言われたらしいですけど。」

「…え、ああ。そうなんだ。」

「そもそも、陸斗先輩と紬は付き合ってたんじゃないですか?もう別れて、幸子って子と…。」

「事情があって…ごめん、紬。図書室にこれから向かおうと思ってたんだよ。行こう?」

 ずっと輝久が代弁していた横で静かに待っていた紬。

 何だか信じられなくて、陸斗が伸ばした手を受け取ることはできず、後退した。

 首を横に振る。

「…え。」

 陸斗は手を繋ごうとしたのを拒否されたことにショックを覚えた。

「陸斗先輩、いくら言い訳をしても、実際に幸子って子と一緒にいたのは事実です。事情って何だか分かりませんけど、紬を傷つけることしないでもらえますか?」

 輝久はそっと紬の肩をおさえて、立ち去ろうとした。

 陸斗は喪失感を覚える。
 目の前から紬が離れていく姿を見て、何とも言えない気持ちになった。
 唾を飲み込んだ。

 ただ、一瞬、たったの数時間を他の誰かと過ごすだけでこんなにも世界が変わるとは思っても見なかった。

 この1週間も経っていないが、期間限定交際を終わらせたらすぐに元の日常が戻ると思っていたら、全然戻らずにむしろ最悪な方向へと傾こうとしていた。



 輝久と紬は2人で学校近くの公園に歩いていく。そのまままっすぐ帰るには気持ちの整理がつかなかった。

 ブランコに並んで腰掛けた。

「紬、これ知ってる?」

 スマホ画面を見せて面白映像を流し始めた。何気なく見るものにクスッと笑った。

「知らなかったけど、面白いね。」

 輝久と2人なら安心して話ができる。陸斗のことで、多少頭の中がモヤモヤしたが、今だけ忘れておこうと思った。

 ふと、また紬の髪の毛が気になって立ち上がり、そっと撫でて、直そうとした。

「ピョンって立ち上がってた。」

 紬は右手で自分の頭を撫で下ろした。

「あ、ありがとう。何か、輝久いつもお母さんみたいだね。」

 不意打ちに、ブランコに座る紬にそっとキスした。目を開けたまま、過ごした紬は、体が固まって動かなかった。輝久は元のブランコに静かに座っている。

「え? 今、何したの?」

「…キスした。」

「え、なんで?間違った?」

 紬は目を丸くして頬を抑える。

「間違ってない。俺、紬が好きだから。ずっと前から…ずっと。」

「…友実子が好きって言ってたじゃない。」

「違う。いや、違くない。…俺。自信なくて、紬は幼馴染だし、そこから発展することはないだろうと思ってたんだけど…友実子ちゃんは、本当は好きでもなくでもなくて…俺のこと見て欲しかったから、嘘ついた。」

(え、んじゃ、私は何で陸斗先輩と関わってしまったの。輝久が友実子の話しなければ、両想いだったってこと。なんで、今そうなるの…。)

 自分の行動を悔やんだ。どうしてあの時、あの瞬間、あんな行動を取ってしまったんだと。

「もう、なんで今言うの? 遅すぎ…。」

「遅すぎって言われても…紬の気持ち、聞かせてよ。」

「ごめん。輝久の気持ちにこたえられない。今は、陸斗先輩が好きなんだ。」

「そっか。俺、待ってるから。紬はそのままでいいよ。今まで通りでいいから。」

「今まで通りって…無理だよ。」

「大丈夫。」

 輝久は紬の頭を優しくポンと撫でた。
 紬は頬を赤らめた。

 夕陽に照らされて、優しく風が吹きすさぶ。

 紬のそばにはいつも輝久がいた。
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