シリウスをさがして…

見せたくないもの

 昼間はあんなに晴れていたはずなのに、外では地面に打ちつける雨の音が響いて水たまりになっていた。

 ベランダに置かれたプランターにも雨が降り注ぐ。

 窓に降る雨が流されて、洗車のように綺麗になっている。

 不意打ちにベッドの上で2人はカチンコチンに凍った氷のように固まっていた。

 そもそもなんでこんなことになったのか。

 紬は、見て欲しくないアルバムの写真をのぞこうとしたら、陸斗は後ろから慌てて、それを止めようとした。


 その場所はいつも陸斗が寝ているベッドの上。

下に紬が仰向けに、陸斗は覆い被さるように腕立て伏せのような格好で体勢になった。

 急接近すぎる。しかも不意打ちで。
 冷や汗がとまらない。

 でも、この後どうすれば。

 右手では写真アルバムを握りしめたまま。

 声をかけられ、紬はそれをとろうとして、ドサっと倒れた。

 美嘉たちの話を聞いていた紬は、何だか変な想像、妄想が頭から離れられない。

 こういう時どうするのって、頭がパニックになって咄嗟にギュッと目をつぶった。


 陸斗は、今まで付き合った女子とキスや手繋ぎ以上のことをしたことがなく、その先を考えるのに慎重になりすぎて見切られることが多かった。


 イメージと違うと飽きられる。

 
 もう失敗したくない。


 大事にしたいという気持ち。


 紬には、届いて欲しい。
 
 
 目を閉じてるってことは
 いいのだろうか。

 嫌がっているだろうか。
  
 いや、頭を横に振って、気持ちを切り替えた。

 そっと、紬の横に寝転んだ。

「…ねぇ、何考えているの?」

「え、えっと…そのアルバムの中身が気になる。」

 ハッと現実に戻ってきた紬は、聞かれたことに答えた。陸斗は、見せたくないアルバムを静かに開こうとした。

「気になるんだよね。見せるけど、見る前に目をつぶってね。」

「う、うん。」

 固まった体勢の変な雰囲気から一転して、明るくなった。

 陸斗はそっと20ページはある写真アルバムを開いた。

 それは、陸斗が生まれたばかりの赤ちゃんの写真から始まっていた。
 
 おくるみに包まれた母に抱っこされている陸斗。

 
 まだ目も開けてない状態だった。

 全然恥ずかしいことなんてない写真なのに、なんで嫌がるんだろうと不思議で仕方ない。


「全然、嫌がらなくてもいいじゃない。可愛いね。」

「そぉ? 見て欲しくないわけじゃないんだけど、きちんと整理してないからさ。」

 ゆっくりと次ページをめくる。

 次は初めて首が座った日、初めてたっちができた日、初めて歩いた日。

 全部、初めて記念日の写真になっていた。

 ペラペラとめくると、何だか、紬は感動して涙が出てきた。


 親戚や両親からとても大事に育てられてきた陸斗が愛おしく思えてきた。

 笑顔の写真や怒っている写真などどんな陸斗も両親にとっては大切な一枚の写真として残されている。

 さらに次のページをめくろうとする時,陸斗はアルバムの前に両手で塞ぐ。

 手を避けてみようとするが、それが追いかけてくる。

「ねぇ、見せてよ!」

「これは絶対ダメ。」

「なんで!」

「紬には刺激的だから。」

「どこが!? 子供の頃の写真でしょう。全然、可愛いじゃん。もう、今更恥ずかしがらないでよ!」

 そう言いながら,パシッとアルバムを自分側によせてマジマジと写真を見た。


「…これは、今年1番の刺激的な写真かもしれないね。」

 顔を赤らめて、紬は言う。
 見たことを確認すると陸斗はアルバムを受け取って片付けた。


「本当、見せたくなかった。」

「いいじゃん。子供の時なんだから、気にしないで。私だってあるよ、探せばそういうの。」

「え、紬は俺にその写真見せられるの?」

「んー、まぁ。今じゃないし、子供の頃のだしね。気にしないよ。陸斗先輩ならだけど、他の人には見せられないよ。」

「…俺なら良いんだ。」

 口角をあげてはにかんだ。

 横になったまま、お互いに見つめ合った。

「んじゃ、私はとっておきのもの見られたんだね。」

 笑みが溢れる。呆れたように、

「もう、いいよ。忘れて…。」

「忘れられない。」

「それじゃぁ、それ以上のことするから。」

 頭をそっと撫でて、額にそっと口づけた。

「え…。」

 陸斗は顔を下にずらして、口元へそっとキスをする。


 熱がこもって、あたたかく、柔らかかった。

 さらにネックレスがきらりと輝く首元へ音を鳴らして、愛撫する。



 虫刺されのように跡が付いていた美嘉が言っていた言葉を思い出す。


 大きい虫ってこういうことかと頭の中で想像した。

 考えて余計に恥ずかしくなった。

 紬は近くにあった枕を自分の顔の前に乗せた。

「ごめん。痛かった? キスマークつけたんだ。」


 無言で枕ごと首を横に振る。

 顎のすぐ下に赤くなっているのをそっと触れてみる。

「…蚊に刺された気分。」


「血は吸ってないよ。皮膚は吸ったけど…。」


 陸斗は紬を頭を覆うようにそっとハグをした。

 心臓の高鳴りが鳴り止まない。
 
 アルバムを見て、感動して泣いてくれる人は今までいなかった。

 横になりながら、2人のお腹がぎゅるるるるーと鳴った。

「お腹すいたよね。夕飯、食べようか。」

「うん。」

 何事もなかったようにリビングに戻って、作りおきの夕飯を温めた。

 電子レンジの機械音が鳴り響く。


「あの、今更なんだけど、ここから帰るときってバス何時か分かるかな…。」

「え、紬の家までの路線バスは多分、今の時間だと終電終わってるんじゃないかな。」

 スマホをスワイプして、調べると20時前後の時間で終電となっていた。

 時刻はすでに20時半を過ぎていた。

「あー、帰りのバスないんだもんね。車あるから家まで送る?免許取り立てで初心者だけどね。あ、でも…。」

 陸斗はいつもかけてあるキースタンドを見ると、両親の乗る2台の車の鍵はどちらもかかっていなかった。

「ごめん。車、家にあっても鍵が無いから送っていけなかった。多分、父さん間違って持って行ったのかも、自宅キーも一緒についてたから。」

 紬は窓の外を見て、雨が土砂降りなのを確認する。

「雨、降ってるし、帰るの大変だろうから泊まって行ったら?」

「え?」

「大丈夫、何もしないよ。俺はリビングのソファで寝るから、紬は俺のベッドで寝て。」

「そういうことなら…。親に連絡しておくね。友達の家に泊まるって。」

 紬はまだ陸斗の家に来ていることを連絡してなかったため、美嘉の家に泊まることにしておいた。

何かと心配させないと子どもながらに配慮しておいた。
 
「ほら、食べよう。冷めないうちに。」

「うん。いただきます。」

 雷が鳴り響く。
 さらに雨が降りそうだった。

 外の様子も気にせずに2人は遅めのゆうごはんを楽しんだ。 
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