シリウスをさがして…

いつもと違う景色

 ーーー

 今朝はスマホのアラームより先に目覚めた。

雀の鳴き声が窓の外で響いている。

ふとんから体を出すとブルっと肌寒かった。

パジャマを脱いで、制服に袖を通した。
胸にあるリボンの形を整えた。
鏡を見て、顔を確認する。


 思っていたより、目の下にクマができていた。

 日焼け止めクリームとファンデーションで黒く見える部分を隠した。


 涙袋にあえてパールの入りベージュのアイシャドウを塗った。


誤魔化せば大丈夫と言い聞かせた。


カサカサしている唇にリップクリームを塗った。

冬は乾燥が気になる。


何となく、何も連絡は無いのはと思い、一言スタンプを陸斗に送信しておく。

 ヒョコッとのぞくパンダを送ってみた。

 意味は特にない。


 不思議がられるだろうかと思いながら、バックにスマホを閉まった。

 髪は、いつも通りにさらりととかすだけ、寝癖を指摘されないように縮毛矯正
をかけていた。

 ミディアムの長さの髪はお手入れがしやすい。

 鏡を見て、メガネをしていることに気づく。本棚の上に置いていた使い捨てコンタクトをつけた。

 だいぶ、コンタクトをつけるのも慣れてきた。



「おはよう。」

 2階からおりた紬はテーブルに3人が座っているところに声をかけた。

「おはよう。紬、今朝は調子よさそうね。はい、お弁当、ここに置いておくね。」

 母のくるみは紬がいつも座るテーブルにお弁当袋を置いた。

「水筒の中身はお茶でいい?」

「あ、うん。なんでもいいよ。」

「今朝はパンだね。」


 バスケットの中には、ロールパンやクロワッサン、フランスパン、クリームパン、メロンパンが入っていた。

「姉ちゃん。今朝は早起きだね。珍しい。一緒に朝ごはん食べること少ないから。俺はそろそろ行かないと…。お先に行ってきます。」

「行ってらっしゃい。そのパンは近所のスーパーで特売で売ってたの。お父さんの手作りじゃなくてごめんね。」

「別にいいよ。あそこのスーパーは手作りパン売っているもんね。好きだよ、このパン。お父さん、調子悪いの?」

「調子は悪くないけど…強いて言うなら、紬と会話が減ったことかな。」

 陸斗のことばかり考えている紬は父の遼平とは避けているところがあった。

思春期といったところか。


「へぇ…。それに関してはノーコメントで。」

紬は冷たくあしらった。相手にできないと振られたようだ。

 コーヒーを真顔で飲む遼平。寂しかった。娘は一緒に住んでいても遠い存在だ。

「行ってきます。」

 ささっと食べ終わると、紬はローファーを履いて、バス停に向かった。

時間は思いがけずだいぶ早かった。






バス停のそばにあるベンチに腰掛ける。


目の前には、灰色の電柱が立っている。3種類の黒い線が横に繋がっている。

いつもは見ない電線。

きっと1番上は電気の線で、2番目は電話線、3番目は光配線なんだろうか。

 確か、電話回線関係の会社に勤めていた遠い親戚のおじさんが言っていたことを思い出す。

あの線があるからスマホもインターネットも使えるんだろうなとしみじみ感じた。

 
膝にバックを抱えて、ぼんやりしていると、後ろから輝久が歩いてくる。


紬がいることにびっくりしていた。


いつもなら1本遅いバスに乗っているはずだった。

輝久はいつもより早い時間のバスに乗って学校に行っていた。



「おはよう。ごめんね、早く起きちゃって…。」


「おはよ。別に。いいんじゃないの?」


朝のバスで会うのは、文化祭以来だった。

沈黙が続く。


「…あのさ」
「…あのさ」

同時に同じセリフを言う。

「先にいいよ。」

「紬からどうぞ。」

「…うん。んじゃぁ。言うね。」

「ああ。」


 気まずそうに話し出す。

「ごめんね。ずっと気づかなくて…。申し訳ないけど、私、陸斗先輩いるから。輝久の気持ちには答えられない。でも、嬉しかった。ありがとう。」


 輝久は、少し眉毛をハの字に曲げていた。

「無理すんなって…。もう知っているから。言わなくても…。でも、はっきり言ってくれた方がスッキリするよ。ありがとう。」

「本当にごめん。」

「何回も謝るなよ。俺が酷いことしてるみたいじゃんか。」

 紬の頭をポンと撫でた。
 泣きそうな顔をした。
 心配になる輝久。

「そういや、声、出せるようになったんだな。安心したよ。」

「…うん。」

「ほら、バス来るから。乗るぞ。」

 お互いに何だかソワソワした気持ちでバスに乗った。早い時間だったため、乗客は3名ほど乗っていた。

「後ろ、行こう。」

定期券をしまうと、後ろには誰も乗っていなかった。微妙な距離を作って座席に座った。

 輝久は窓を覗く紬の横顔を見つめた。
 久しぶりに見る紬は前よりもキラキラしていた。


 バスの窓の隙間風に揺れる髪が靡く,触れようと一瞬、伸ばした手を、ギュッとぐーに握りしめ、ポケットに手を入れた。



 前までは寝癖があるかないかで頭を触って確認したりしたが、もうそれはやってはいけないんだろうなと自制した。


 紬もいつもなら寝癖の話をされるのに何も言われないことに逆に違和感を感じた。


「?」


 自分で頭を撫でて、はねてるところがないか確認してみた。何もなかったため、安心した。



「…焼きそば。美味しかったよ。クレープは買いに行けなかったけど…。」



「陸斗先輩が買いに来てたからね。」



「結局、クラスのお化け屋敷から抜け出せなくて…。」



「お化け役、抜擢だったって? みんなに評判よかったらしいよ。」



「うん…。」



「何かご不満?」



「輝久はそういや来てないなって。」



「あ、あぁ。行けなかったね。俺も、焼きそば作るので忙しくて抜け出せなかった。ごめん。」



「別に良いんだけどね。」



 すごい機嫌悪そうに返事する。



「全然思ってることと違うよ?」



「そんな時もある。」



紬はそう言いながら、降りますボタンを押した。



「お? 珍しいね。」



「そりゃぁ、1人で乗る機会が多くなりましたから…。」

 

 運転席近くの出入り口付近で定期券を出した。2人で並んで学校前のバス停に降りた。




「俺、もう紬に迷惑かけないようにするから。次から遅い時間のバスに乗って。気まずいでしょう。」



「……。」



「んじゃ。」



 そう言ってその場から立ち去る輝久。

 
 気まずいはきっと輝久の方。



校門の前で待っていた陸斗の横を通り過ぎたが、会釈して何も言わなかった。




「陸斗…。」



「おはよ。紬、今朝変なスタンプ送ってくるから早いバスで来るんだろうなって思って待ってた。あいつに言ったの?」



「ぉはよ。スタンプに意味はないんだけど、…うん。言ったけど、あの様子では前のようには過ごせないかも。無理なんだろうな。」


昇降口まで横に並んで歩いた。



時間帯が早い時間だったため、同じように登校する生徒が多かった。




「うん。それで良いと思うよ。」



「これでよかったのかな。」



紬は、一抹の不安を抱える。


「大丈夫,大丈夫。」


 陸斗は人ごとのように言うが、何とも言えない不安が紬の背中を覆う。





***




お昼休みになると、久しぶりに話すことができた紬は美嘉と一緒にお弁当を食べることにした。



溢れでるような会話の引き出しで、美嘉もついていけないくらいだった。


「本当、話せるようによかったよ。安心した。隆介も誘って中庭に行くからちょっと待ってね。」



 隣のクラスに美嘉は入っていく。


 隆介の隣には輝久がいるが、何だか揉めていた。

 きっと輝久のことだろうと、紬は気まずそうに姿を隠して廊下で待っていた。



「隆介、紬ちゃんが元気出たから、久しぶりに中庭で一緒にご飯食べに行こうよ。」


「え、俺も?」



「当たり前じゃん。もちろん、輝久くんもね。」



「…俺、行かない。」


「ふーん。輝が行かないなら、俺も教室で過ごすわ。」


「えー、何でよ!?」


「紬ちゃんと仲良く食べてくればいいじゃん。」


「…あぁ。そう。んじゃ良いわよ。」

 機嫌悪そうに美嘉は教室を出て行った。


「ごめん、紬ちゃん。あの2人行かないんだって。んじゃ,陸斗先輩呼んじゃおうよ。ね。呼べる?」


「陸斗先輩たちはよく屋上で食べてるって言ってたよ。」


「そうなの。んじゃ屋上行こう。」


美嘉は嬉しそうに足取り軽く屋上に向かった。


何となく、雰囲気が変わった。隆介と輝久との関わりが徐々に減っていくのが分かる。

人脈が変わりつつあるのだろうか。


「輝、なんで、さっき行かないって言ったの?何が不満?」

「別に…。」

「えりかさまかよ!?」

「紬に告って振られたから、もう良いかなって。」

「え?! まじで? 禁断の領域超えちゃったのね。あ~あ、言わなかったら幼馴染のポジションずっと保てたんじゃないの?いいの?それで。」


「いいんだよ。それで。俺がはっきりしたかったから。」


「潔いね。でも、人のこと言えなくて、俺も若干、美嘉と怪しいんだよね。」




「ふーん。」



「喧嘩してさ。だんだん噛み合わなくて…。そろそろ潮時かな…。」



 しばし2人は沈黙が続く。



「輝久、今度、合コンしようぜ。俺、幹事やるから。な?」


「…まぁ、良いけど。大丈夫なの?森本さんにはっきり言わなくて。」



「次が決まってからでも良いっしょ。」



「お前もズルいね。」


 隆介の考え方に納得はいかなかったけれど,滑稽だった。

 窓の外を見て、気持ちを落ち着かせる。




ーーー

「先輩! お邪魔しまーす。」


 美嘉と紬はそっと屋上の扉を開けてみると陸斗の康範がお弁当を食べていた。


「あ、美嘉ちゃんと紬ちゃんじゃない。久しぶりだね。」


 康範はすぐに気づいて、近づいた。

 陸斗はそのまま、お弁当を食べ続けた。

「お、おう。」
 
 手を挙げた。

 ベンチに座っていた陸斗の隣に紬はそっと座る。

美嘉は康範の横に座った。

「あれ?いつもの彼氏は?」

「今日は別行動です。あたしら倦怠期なんで…。」



「ふーん。そーなんだ。」




「紬,なんかあった?」



「ううん。」



「嘘だ。私、何かありましたって顔に書いてるよ。」



「…なんで、わかるんだろう。」



「エスパーだから、俺。」



 はにかむ笑顔が煌めいた。




「輝久に思いっきり避けられたからちょっとショックで。」




「…それは仕方ないよね。あいつの自業自得でしょう。気にしない気にしない。俺がいるっしょ?」


「それとこれとは話が違うんですけど…。」



「あのさ、言葉あるでしょう。二兎追うものは一兎も得ずって、紬は欲張りすぎだよ。集中して、俺を見とけ!」



眉毛あたりに目潰しするような仕草をした。痛くはなかったが、びっくりして目を閉じた。


「え、紬ちゃん、何かあったの?」


「ううん、何もないよ。お弁当食べよ~。」


「そうだね。そういや、康範先輩って彼女いるんですか?」

お弁当の袋を開きながら、美嘉は聞く。

「え、俺,いないけど…。」

2人で話が盛り上がっていた。



「紬…俺、そろそろ大学受験勉強に本腰入れないといけないからさ、あまりデートとかできなくなるかも。部活も今月で引退だし。だから、俺の縛りとか気にしないで自由に過ごしていいよ。俺が会いたいとか電話したいとか思ったときに相手してくれれば良いから。」


「…受験勉強だね。うん。そうだよね。第一志望校受かるように頑張らなきゃだね。」


「まぁ…洸が行ってる大学と同じ何だけどね。あいつには負けたくないわ。」


 目が燃えている。紬は気合いに負けそうだった。


「え、陸斗先輩、洸さんと同じ大学に行くんですか?」

 美嘉が聞き耳を立てて聞いていた。

「あ、ああ、そうだけど。」

「へぇ~そうなんですね。」

「俺にはついていけない話だな…。」

「康範先輩は進学しないんですか?」

「俺は自動車整備の専門学校だね。音響の仕事も考えたけど、需要が高い方がいいかなと思ってね。」

「整備士かっこいいじゃないですか。」

「そぉ?がんばろっかな。」


 康範は頬を赤らめて喜んだ。

 美嘉もニコニコしていた。



「紬、さっきも言った通り、俺、受験だから、輝久のこと気になるならとことん相手してやんなよ。俺は気にしないから。可愛い子には旅をさせろって言うっしょ。」


「相手って…別にそんなつもりないよ。」


「まあまあ。俺はそう言うスタンスでいるからさ。あ、予鈴チャイム鳴ったからそろそろ教室戻らないと…いつも図書室なのに珍しいね、紬がここ来るって。」


広げたお弁当を片付けると、ストレッチをする陸斗。

いつも図書室で話す陸斗とは雰囲気が違かった。

 康範が隣にいるせいか、幾分さっぱりとした対応されている気がした。

 恥ずかしいって気持ちもあるんだろうっと悟った。


 康範と美嘉が話に夢中になっているのを横目に陸斗は、屋上の出入り口の扉の2人から見えない死角に紬の腕を引っ張った。



小声で

「ここに来る時は前もって言ってよ。図書室行くから。」

「あ、ここに来たのは美嘉ちゃんが…。」


腰に手を回して額に軽く口づけて、ハグをした。



「康範たちがいるから、何もできな…ッ!?」


 と言おうとしたら、ネクタイを引っ張られて、紬から唇にキスされた。


 康範と美嘉がいたことが気になって、行動ができなかった。


身長差があって届かなかったため、ネクタイが顔を寄せるのにちょうどよかった。


 元の体勢に戻すと、照れながら嬉しそうな顔をしていた。


「はじめからそうすればよかった。ごめん。」


「…うん。」


 紬も自分から行動したが、恥ずかしくなって顔を全面に赤くした。

 頭から煙が出そうだった。
 
 まだ慣れていない。


「何してんの~?もう午後の授業始まるよー。」


康範が後ろの扉から階段のほうに入ってきた。

 慌てて何事もなかったようにネクタイをブレザーの中に入れて整えた。

 

「今、行くよ。じゃあな、紬。」

 手をパタパタと振って、階段を康範と一緒に降りて行った。


 後からやってきた美嘉が紬に声をかける。


「紬ちゃん、大丈夫?」


「うん。平気だよ。」


「紬ちゃん、実は、私ね、隆介と別れようかなと思ってて…。ちょっと康範先輩気になってる。あと、洸さんも年上じゃない。どうしようかなぁ。迷っちゃう。」


美嘉は両手で頬を抑えて、悩んでいた。


「え!? 隆介くんと別れちゃうの?仲良さそうなのに…。」


「良いの。あいつは浮気性だし。別れてやるの。最近、嫌気がさしてたから。新しい恋を探すのよ、紬ちゃん。」


「う、うん。頑張って。」


 美嘉の気迫あまる目にタジタジだった。

紬はさっきの陸斗との絡みで心臓がはち切れないばかりに鳴る鼓動が大きくて気持ちをおさえられなかった。



 何か心臓の病気になってしまったかと言うくらいだった。


 


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