シリウスをさがして…

事の重大さを再認識

実家近くのコンビニ付近でタクシーを停めた。



 やけくそに、東京の部屋に置いてきた電子タバコの本体を忘れてきたため、ニコチン切れが気になった。



 紬には内緒でベランダやバイト先の休憩時間などで吸っていた。
 お酒を飲むのは目の前でしてきたけど、タバコは秘密にしていた。


 電子タバコは匂いは気にならないが、紙タバコは髪や服にすぐついてしまうから、禁煙している人にはすぐ気づいてしまう。


 コンビニの自動ドアを開けて、中に入る。

 お客さんのちょうどいないカウンターに行き、希望のタバコの番号を言った。


「すいません、510番を1つお願いします。」


「こちらでよろしいでしょうか?」


「はい。」


「年齢確認お願いします。」

 
 レジの液晶画面には20歳以上ですかの質問に はい いいえ が表示された。迷いなく、はい にタッチした。

 コンビニ店員の名札を見ると見たことのある苗字だった。菊地と書かれている。まさかなと思いつつ、顔をじっくりと見つめた。

「康範?」

「ん?」

 お客さんの顔をマジマジと見ることのない普段の接客。
顔を上げて、陸斗の顔を見つめた。


「あれ、陸斗? 嘘、帰ってきたん? てか、贅沢にタバコかよ。」


「ああ。今日ね、新幹線で帰ってきてて…。電子タバコ吸ってるけど、本体忘れてきたのよ。一時的にこっち吸おうかと思ってたの。新しく、本体買うのもなって思って…。康範こそ、バイトしてたの?」


「あぁ…。あ、ごめん、後ろ、お客さん並んでいるから。あとで、連絡する!」


「お、おう。邪魔して悪い。」

 陸斗の後ろにはさっきまで並んでいなかったお客さんが次々と行列をなしていた。
 サラリーマンや、OL、学生さんで混んでいる。

 タバコのビニールパッケージを外して、ゴミ箱に捨てた。迂闊にも、ライターを買うのを忘れていた。

 さすがに混むところに並ぶのも気が引けて、とりあえず、実家に帰ることにした。


 電子タバコにすると火をつけるが充電タイプのため、ライターのことを気にしない。

 つい、いつもの癖が出た。


 今日は何だか、スムーズに事が進まない。モヤモヤした気持ちのまま、家の玄関の前に着く。

 一呼吸、ため息をついた。



 本当は紬と一緒に帰って、自分の親にもいろいろと報告しようと思っていたが、紬の父親に断われ、言う気にもなれなかった。


「ただいまー。」

 大きな黒いリュックをおろして、ネクタイを外した。


 せっかく、格好を決めて、スーツで帰ってきた。手土産の袋が少々ボロボロになっている。ブラックの内羽根ストレートチップの靴を脱いで丁寧に揃えた。



「あ、おかえり。言っていた時間より遅かったね。…あれ、陸斗、紬ちゃんは?」


 父のさとしが出迎えた。


 リビングのソファでは悠灯と母の紗栄がお菓子とコーヒーを飲んでおやつタイムを楽しんでいた。


「ごめん、ボロボロだけど、これ。東京お土産。母さんとかぶっているかもしんないけど…。」

 黄色い東京バーななの袋をさとしに渡す。


「あ、ありがとう。でもさ、紬ちゃんいないじゃん。なんでいないのさ。」


「あー、おかえり。陸兄。うわ、スーツ着てるし、どっかの営業マンかと思った。」


「陸斗、おかえり。何かあったの?紬ちゃんと一緒に帰って来たんじゃなくて?」


全ての質問をスルーして


「……父さん、ちょっとライター貸して。」


「へ?ライター? ベランダに灰皿と一緒に置いてるけど。何、陸斗タバコ吸うの? 俺の真似するなって……親に似るよなぁ、そういうの。今更、無理か。」

 

 陸斗は何も言わずに荷物をそのままに、ベランダの窓を開けて、パタンと閉めた。



 数時間ぶりに吸ったタバコはストレスを多少緩和してくれると思ったら、電子タバコに慣れていたため、むせて体がすこし受け付けなかった。


 数秒吸い続けてどうにか落ち着いた。



 深くため息をついて、外に煙を吐き出した。ベランダのふちに両腕をつけて、外を眺める。懐かしい実家の風景。

 東京の都会より、まだ空気はうまい。
 あっちは人も多ければ、車の排気ガスが半端ない。


 住めば都というが、人の多さにはまだまだ慣れていない。

 慌ただしく行き交う人々の中、何もしていないのに頭痛がする時がある。

 通学時間の満員電車にはうんざりする。

 仙台も地方と比べたら、都会な方だが、東京とはレベルが違う。

 地元ということもあり、いつ帰ってきても安心する。


 カラカラとベランダの窓を開ける。さとしはそっと陸斗の隣に行って、一緒に一服し始めた。


「ずいぶん、贅沢だなぁ。紙タバコじゃん。俺は、電子タバコだけどさ。」


「…俺もそっち吸うよ。今日、その本体あっちに忘れてきて…。これは、一時しのぎ。これ、すごい久しぶりなんだけど、やっぱ、むせるよね。」


「そうそう、すごいたまにそっちも吸う時あるけど、何でか、むせるのよ。……って、親としてはあまりすすめたくないけどさ。」



 灰皿にタバコの吸い殻を擦って火が消えたのを確認して、捨てた。



「やっぱ、香りも電子タバコの方がいいな。臭くないし。父さん、本体無いの?」

「あぁ。もう一つ、あるけど、帰る時忘れず返してね。銘柄気にしないなら、1箱やる?」


「うん。あるなら、欲しい。」



 さとしは、部屋の中に入り、引き出しにしまっておいたもう一つの電子タバコ本体と1箱のタバコを陸斗に渡した。



「はい。どうぞ。……もしかして、これが我慢できないほど、ストレスたまってる?」


「ありがと。理解ある親で助かります。同じ喫煙者がいると分かり合えるよね。」

 ぺこっとお辞儀をする。
 さとしはため息をつきながら、言う。


「……陸斗は、もう22歳超えてるしね。成人男性に制限かけるのも、自己責任ですから。まぁ、ほどほどに。体に毒なのはお酒もタバコも同じだからさ。」



 ぼーっとベランダで車やトラックの走る道路を見た。さとしはスーとタバコを吸っては吐いていた。



「…んで?なんで、紬ちゃんがここにいないの? 東京で一緒に暮らしてて、今日、話があるからって言うからてっきり2人でここに来ると思っていたけど?」



「……。」




「あ!まさか。別れた?その報告?」



「それは違う。」



「んじゃ何だよ。じれったいな。」



「紬のお父さんに結婚を反対された。」



「おう。だから?」



「だから、反対されたんだって。」



「いや、だってさ、2人とも結婚するつもりで同棲生活続けてたんでしょう。仙台帰ってきて、紬と一緒にあっちの家行って、遼平に反対されたから、怖気付いてここに帰ってきたってこと?他にも理由あるでしょう。何をしたのよ。ただ、帰ってきただけでは反対しないっしょ。」


「……紬が妊娠した。」


「お!?何、修羅場?」


「茶化すな。俺は真剣に悩んでんの。」


「妊娠したから何だよ。陸斗はどうしたいんだよ。」


「父さんは、何とも思わないの。」


「何とも思わないことないけど、事実は変えられないでしょう。今更言ったところで変わらないしなぁ。俺は指導したはずだし、避妊きちんとしろって言ったし、それででも言うこときかないお前が悪いんだろ。……まぁ、できてしまったもんはそれは大事にしてあげないとな。相手も子どもも。中絶なんて、紬ちゃんの体と心、傷つけることするのはかわいそうすぎる。男なら、それくらい責任持てよ。どっちみち、結婚するつもりだったんだろ。それが早いか遅いかなんだから。その分、風当たりは強いわな。」



「俺、紬のお父さんとの約束破ったから、結婚許さないって言われた。せめて大学卒業してから結婚をしてくれって言われてたから。信用失った。何か、頭の中真っ白になって、気合入れて、何言われても立ち向かうって思ったけど、やっぱ怖くなって逃げてきた。考えつかなかった。もう、終わりだと思っちゃって…。」



「遼平がそんなこと言うんだなぁ。ふーん。」



「無理無理。あんなに優しい紬のお父さんがすごい真剣な顔で怒っていたし。優しい人が怒るって逆に怖い。」



「何、怖がってんだよ!陸斗らしくないなぁ。」



 背中をバシッとたたく。


「イテェ。」


「親が結婚を反対する意味がわかる?」


「え?」


「もちろん、我が子をどこの馬の骨かわからないやつにわたすのは嫌だから素直に反対する親もいると思うけど、本気で自分の子を愛してくれてるか確かめているんだよ。親の反対する言葉で逃げていくやつはそれだけのやつ。好きじゃないかもしれないとか、そこまで結婚する意志がないとか。試されてると思うんだよね、陸斗は。本気出して誠心誠意ぶつけてこないと。それでも、断われたら、絶対結婚させたくないのかも。」



「……そうなんだ。そのまま解釈しちゃった。紬のお父さんよく考えて行動してって言ってたから、まだ望みはあるのかな。どうしようもない、見込みのない人にそんなこと言わないよね。」



「さーてね。本人に聞いてみないとそれはわかりません。結婚てさ、人生を左右するものだから、覚悟はあるかってことだと思うんだよね。どんなことがあろうとも、相手を愛せるか。本当、いつまでも解けない難問だよ。答えが出なくてもなんだかんだで一緒にいるけどさ。俺もいろいろあったから母さんと結婚する時、人のことあーだこーだ言えないんだよね。ま、がんばりな。」

 陸斗の肩をポンっと叩いて、ベランダの窓を開けて中に入った。
 
 紗栄と悠灯がプンプン怒っている。さとしと陸斗の話が長すぎることで怒りがおさまらないらしい。2人も陸斗との話がしたかったみたいだ。


「ちょっと!! お父さん。いつまで陸斗と話してるのよ!私も話すんだから、中に入れなさいよ。陸斗~、タバコ吸ってないでオヤツ一緒に食べよー!」

 紗栄はさとしにイライラしながら、陸斗を部屋の中に入れた。


「そうだよ。私だって、陸兄と一緒にオセロするんだから、自分ばかりずるいよ!ほらほら、私が白ね。」


「え? 俺が黒やるの?」


「そうだよ。はい、色変えたよー。」


 紗栄はマグカップにコーヒーを注いで、お皿にのせたチーズケーキをテーブルに置いた。

「これ、私のお土産。最近のマイブームなの。」

 紗栄は誰よりも先に食べていた。

 すると、ポケットに入っていたスマホがバイブで震えた。

「あ、電話。ごめん、出てくる。」

 陸斗は自分の部屋に行って、電話に出た。相手は宮島洸からだった。



『もしもし、陸斗? あのさ、紬ちゃん、すごい具合悪いって、病院連れて行った方、良くないかなと思って。保険証、陸斗のバッグに入ってるって言うんだけどある?』

「あ、悪い。結構、紬、結構ひどそうな感じ?保険証は俺持ってるから。今から行くけど、場所どこ?地図送ってよ。」

ガタンとドアを開けて、さとしに電話をしながら車貸してと、ジェスチャーをする。

「え、なに。車?そこに鍵あるから使いな。」

台所にあったキースタンドから車の鍵を取った。

「えー、陸兄。オセロは?!」

「陸斗ー、このケーキ食べないの?」


「ごめん、急用出来た。先食べてて!」


 スーツの上着から財布を取って、ネクタイを外したワイシャツのまま、バックを背負い、すぐに玄関を出た。


 外も中も真夏で暑すぎた。



(今、大事にしなきゃいけないこと。紬の体は、第一最優先。紬のお父さんには、落ち着いたら、しっかり言わないと!)


「ねえねえ、陸斗、何で慌ただしいの?そもそも、何で帰って来たの?紬ちゃんにも会いたかったのに。」

「まあ、今、陸斗は大きな山を登ってんのよ。大事な山登りだね。」


「は?これからハイキングする格好には見えないけど、大丈夫なの?」

 
まともな返しにさとしは爆笑した。紗栄は怒りを覚える。


「そのうち分かるよ。悠灯、俺がオセロの白やるから。ケーキも食べていい?」

「だめ。陸兄とやるの。やめて。お父さん混ざらないで。お母さん、一緒に映画見よう!」


高校生になった悠灯。
まだまだ母との絡みが必要なお年頃。
父が嫌になってくる思春期でもある。


娘のいじりが辛いさとしだった。













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