スイート×トキシック

最終話


 その結論に辿り着いても、恐怖心が真っ先に湧いてくることはなかった。

 不思議と心は落ち着いている。
 思ったよりも冷静に事実を受け止められた。

「…………」

「…………」

 わたしは何も言えなかった。
 彼もまた口を(つぐ)んでいた。
 長い沈黙が落ちる。

 わたしを捉えて離さない瞳は、迷子になって彷徨(さまよ)っているようだ。

 どこか恐れながらも慎重に反応を窺っている。
 その表情に余裕はなかった。



「────大丈夫」

 今度はわたしがそう告げる。
 ……彼の金縛りが解けたのが分かった。

 膝立ちの状態になり、その肩に手を添える。
 顔を寄せ、そのまま一瞬だけ口づけた。

「……え。えっ!?」

 よっぽど予想外の行動だったのか、十和くんは瞠目(どうもく)したまま狼狽(うろた)える。

 その反応と赤く色づいた頬を見て、照れくささが後からやってきた。
 思い出したように鼓動が速まる。

「芽依……。今のは……」

「わたしの気持ち」

 あまりの気恥ずかしさに声が小さくなった。

 つい目を伏せてしまうが、十和くんの熱っぽい眼差しは逸れない。

「つまり?」

「…………」

 分かっているくせに。

(……意地悪)

 心の中でなら悪態(あくたい)をつけたが、声には乗らない。

「聞きたいなぁ。芽依の言葉でさ」

 彼は穏やかに催促(さいそく)してきた。

 わたしの頭を撫で、髪をすき下ろす。
 その仕草にさえどきどきする。

 彼の指の隙間から、さらさらと髪がこぼれ落ちていく。
 すっかり十和くんと同じにおいに染まっていた。

「……そのうちね」

「またそれ? もう通用しないよ」

 いたずらっぽく笑ったかと思うと、するりと腕を回された。
 腰の辺りを抱きすくめられ、動けなくなる。

「ちゃんと言ってくれるまで逃がさないから」

 触れた部分が熱を帯びて、心音があまりに速くて、このまま焼け焦げてしまうのではないかと思った。

「……っ」

 それなのに、不意に意識が逸れる。

 頭の中を過ぎる記憶や思考が、砂を()いたみたいにざらついた。

「明日! 言うから」

 慌てて告げると、彼の腕が刹那(せつな)緩んだ。
 その隙に、ぐい、と引き剥がす。

「心の準備、させて」

「……()らすね。迷うことなんて何もないのに」

 確かにそれはそうだ。

 十和くんの気持ちは分かりきっているし、わたしの想いを受け入れてくれることも明白。

(でも────)

 ただ照れくさいから先延ばしにしたいわけじゃない。
 頭や感情の整理をするための時間が欲しかった。
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