スイート×トキシック
*



 授業の入っていない時間、雑務(ざつむ)もそこそこに職員室を出た。

 音を立てないよう教室へ忍び込む。
 今は体育の授業中で、中には誰もいない。

 とはいえ見つかったらただでは済まないが。

 十和の席に歩み寄り、荷物を机の上に載せる。

(もしこの中にスペアキーがあったら……)

 などと考えながら、鞄の中を漁ってくまなく探した。

「……!」

 財布を開けたとき、思わぬものを見つけた。
 錠剤のシートだ。

 そこに書かれた名前で検索をかけてみると、睡眠薬であることが分かった。
 しかもかなり強力なものだ。

「何でこんなもの……」

 そう呟き、はたと思い至る。

 気丈に振る舞っているが、本当は満足に眠ることも出来ないほど、日下が心配なのかもしれない。

 そう結論づけ、シートを元に戻しておく。

 結局、十和の鞄からスペアキーは見つからなかった。



*



 放課後になり、教室内の人影が(まば)らになる。
 十和がひとりになったのを見計らい、その机の方へ向かった。

「あ、先生ー」

 鞄を手に立ち上がりかけたが、俺に気付いてゆったりと座り直す。
 俺は彼の前の席に腰を下ろした。

「何か話あった?」

「……お前、眠れてないのか?」

 何でもないことのように尋ねたかったが、図らずも声が硬くなる。
 十和が不思議そうに瞬いた。

「日下が心配で?」

 そう続けると、彼は考えるように視線を流した。

「んー、確かに心配だけど……眠れないってほどじゃないかな」

 浮かべた笑みは弱々しい。
 わざわざそんなこと、嘘をつく必要もない。

 日下の件に無頓着(むとんちゃく)なのではなく、やはり現実逃避的な心理が働いているのかもしれない。
 防衛本能として。

(だが、それならあの睡眠薬は────)

 もや、と胸の内に(かすみ)がかかる。
 腑に落ちない気持ちをどうにかおさえ込み、立ち上がった。

「……そうか。ならよかった」

 ちゃんと眠れているのであればそれに越したことはない。

「気をつけて帰れよ」

「うん、じゃあねー」



 職員室へ戻るなり、先輩の教員に「宇佐美先生」と呼びかけられた。

 そのそばには、日下の件で動いてくれている刑事と警察官がいた。
 先輩教員が、ささっと寄ってくる。

「どうしたんですか?」

「何か、刑事さんから話があるって。宇佐美先生、日下さんの担任でしょ。これからは宇佐美先生が積極的に対応してくれる?」

「……分かりました」

 それは担任として当然の責務だろう。
 毅然(きぜん)として頷き返すと、刑事のもとへ歩み寄る。

「お疲れ様です」

「お疲れ様です、先生。お忙しいところ申し訳ないんですが、ちょっと一緒に見て貰いたいものがありまして」
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