スイート×トキシック

 ややあって、芽依は泣きそうな顔で俺を見上げた。
 意表(いひょう)を突かれ、少しだけ動揺してしまう。

「わたし、普通じゃないの」

「……え?」

 何を言い出すのだろう。
 俺はただ困惑しながらその双眸(そうぼう)を見返すことしか出来ない。

「誰かを好きになっても、自信なんてないから必死でしがみつこうとして。いつも失敗してきた。わたしのせいで」

 驚いて言葉が出なかった。

 彼女が颯真(そうま)に宛てて送っていた手紙や写真、爪や髪なんかを思い出す。

 まさかその異常性に自覚があったとは────。

「先生のこともきっとたくさん困らせちゃった」

 “先生”という言葉にはっとする。

「好きだったけど、わたしのしたことは間違ってたんだと思う。ただわたしの気持ちを分かって欲しかっただけ……なのにあんなことしか思いつかなくて」

 じわ、と彼女の瞳に涙が滲んだ。

 はさみを取り落としそうになり、慌てて手に力を入れる。

 そんな些細(ささい)な行動で我に返った。
 危ない。芽依にペースを狂わされるところだった。

「……それで? だから何?」

 俺は吐き捨てるように笑って聞き返す。

 どうせ殺すんだ。
 もう三文(さんもん)芝居なんて必要ない。

「……っ」

 弾かれたみたいに顔を上げた芽依は、傷ついたような表情をしていた。

 自分の隠していた一面が受け入れられなかったと、拒絶されたと思っているのだろう。

 ……そんなもんじゃない。
 もともと芽依に本気で心を許したことなんてなかったのだから。

「悪かったと思ってる。先生にも……十和くんにも」

「俺にも?」

 一瞬どきりとした。
 颯真との関係がバレたのかと。

「ずっと黙っててごめん。……本当のわたしはこんななの」

 ぽろぽろと涙をこぼす芽依。

 それを黙っていたことを気に病んでいるのだろう。
 俺を騙していたように思えて。

 俺ははさみを強く握り直す。

「知ってたよ」

「え」

「芽依の本性も、颯真にしてたことも」

 瞠目(どうもく)した彼女の瞳が揺れた。
 その一拍のちに、戸惑ったように眉を寄せる。

「颯、真?」

「先生は……俺の実の兄貴なの」

 芽依が息を呑む。
 信じられないと言うように硬直していた。

 それから不意に顔を歪め、がくりと膝から崩れ落ちる。

 咄嗟に手を伸ばしそうになって、すんでのところで思いとどまった。

 もう“ふり”なんていらない。

 颯真のため、彼を苦しめた恨みをぶつけるために、とことん冷酷になればいい。

(分かってるのに……)
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