スイート×トキシック

 思わず怪訝(けげん)な声がこぼれた。

 クローゼットのハンガーパイプにかけられている服が、どれも女性ものだったのだ。

 ふわ、と甘いのに隙のない柔軟剤の香りが漂っている。

(あ、朝倉くんの趣味……?)

 一瞬そう思ったものの、もしかしたら彼の家族のものかもしれない、とひらめいた。

 一人暮らしだろうと高を(くく)っていたけれど、思えばそれは確定事項じゃない。

 ここは彼の家族の部屋なのだろうか。
 それにしてはベッドなどもなく、やはり生活感がないけれど────。

(今はそれどころじゃない)

 そう思い直し、ゆっくりとクローゼットの扉を閉める。

 何をするにしてもとにかく早く行動しないと、あらゆるチャンスを棒に振ることになる。

(スマホとか、連絡出来るものさえあれば……)

 考えあぐねて視線を彷徨わせたとき、はたと思いついた。

(そうだよ、スマホ)



*



「芽依ちゃん、もう出てきてよー。降参降参」

 暢気な朝倉くんの声が響いてきた。
 間違いなく、玄関ホールで待ち構えている。

 わたしは洋室に隠れたまま、すぅ、と息を吸った。

「朝倉くん。わたし、スマホ見つけて通報したから」

 しん、と痛いほどの静寂に肌を刺される。

 このはったりが通じるかどうかは賭けでしかなく、半ば祈るように彼の反応を待った。

「……は?」

 ややあって普段の彼からは思いもよらないような、確かな怒気(どき)の込もった低い声が返ってきた。

「ねぇ、冗談でしょ。笑えないんだけど」

 とす、と声とともに微かな足音がした。
 心臓が跳ねる。

(やった……)

 焦って冷静さを欠けば、慌ててわたしを捜しに動くと踏んだのは、間違いじゃなかったみたいだ。

 小さな、それでいて一世一代の賭けに勝った。

 彼は声の出どころ、すなわちわたしの居場所を正確に把握出来ているわけではない。

 その証拠に、聞こえてくる足音が一直線じゃなかった。

(あとはうまくすれ違って玄関に向かうだけ)

 ────なのだけれど、そう広いわけでもないし、容易なことではなかった。

 わずかに開いたドアの隙間に意識を集中させる。

 暗闇の中、彼の足音と気配が通り過ぎたのが分かった。

「芽依ちゃん、どこ? 俺が悪かったよ。怖がらせちゃって……本当ごめん」

 通報されたと思っているからこその謝罪なのだろう。
 今さら取り(つくろ)っても遅い。

 わたしはドアを開け、音を立てないよう部屋から出た。

 朝倉くんが来た方向へ向かうと、廊下から玄関ホールへと突き当たった。

「!」

 暗くてはっきり見えないけれど、確かにドアがあることが分かる。
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