スイート×トキシック

 背筋がぞくりと冷えた。
 心臓が怯えるような拍動(はくどう)を刻む。

 そこまでして、わたしを外界に触れさせたくないの?

 いったい、いつまでここに閉じ込めておくつもりなの?

「…………」

 予想以上に強い彼の執念に気圧(けお)されてしまう。

 今朝のような、優しくて純真な姿を目にしていると、ついその本性を忘れそうになる。

 痛みとともに身をもって思い知ったはずなのに、十和くんという人を信じかけていた。

 彼は悪だ。敵だ。
 そんな前提すら曖昧になるほど、目的ばかりに気を取られて。

 わたしは深く息をついた。

(……外の空気、吸いたい)

 ここは息苦しくてたまらない。
 毒が充満しきっている。



*



 結局、窓を開けることは諦めざるを得なかった。

 無理矢理にでもクレセントを動かしてこじ開けようとしたけれど、わたしの力じゃ全然足りなかった。

 どんどんどん! と拳で窓を叩く。
 思いきり息を吸って叫んだ。

「助けて!!」

 何度も何度も、同じことを叫び続けた。

「たすけて! 誰か!」

 外から音ひとつ聞こえなくても、めげずに、ずっと繰り返していた。

 そのうち、小指側の手の側面が真っ赤になり、鈍く痛んで震えた。
 喉も枯れて、声が掠れた。

 部屋の中に反響していた自分の声が消えると、やがて完全な静寂が訪れる。

「…………」

 何ごともなかったかのように、静まり返っていた。

「……っ」

 冷たい磨りガラスに手を添え、項垂(うなだ)れる。

 外に声が届いていないのか、もともと閑静(かんせい)な場所なのか、いずれにしてもわたしのSOSは虚無に吸い込まれるだけだった。

 そんなことをしても無駄だと、十和くんが嘲笑っているような気がしてくる。

(……分かってるよ)

 だから、足の拘束を解いたんだね。
 そうしたって、わたしに出来ることなんてないから。



 叫び続けていたことと、のしかかってきた絶望感に疲れて、どさりと床にへたり込んだ。

 直接何も出来なくても、考えることは出来る。

(この家は……)

 ────間取りからして、マンションなのだと思う。
 何階建ての何階なんだろう?

 高層階なら、飛び降りることは現実的じゃない。

 きっと下はコンクリートだろうし、幸い死なずに済んだとしても、骨折でもしたら逃げられない。

 ドアも窓も、鍵がないと開けられない。

(やっぱり、鍵を奪うしかない?)
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