スイート×トキシック
(ああ、もう……)
いっそのことばかになってしまいたい。
“いま”しか考えられないくらい、彼に夢中になれたら。
彼を選ぶことの意味さえ分からないくらい、鈍感だったなら。
『芽依、好きだよ』
ふいに頭の中で響いた彼の声が思考を割る。
ここへ来てから、何度わたしに“好き”だと伝えてくれただろう。
ありったけの想いを、惜しみなく。
「……っ」
はっと息が詰まる。
覚悟が足りないのはわたしの方だった。
『本当の意味で信じてみたい』
────迷うことなんてなかった。
鞄の中にスマホを戻すと、ファスナーを閉めておく。
『芽依には俺しかいないんだから』
きっと、外へ出たってほかにはいない。
これほどにわたしを想って、愛して、大切にしてくれる人は。
『諦めて。どうせ、きみは俺を好きになるから』
もしかしたら、彼は最初からこうなることを見越していたのかもしれない。
これまでずっとそうだったように、いまも彼のてのひらの上にいて、念を押したに過ぎないのかもしれない。
けれど、構わない。
それならそれで騙されていたいだけ。
それ以前にもう、想像がつかない。
この家を出たあとのことも、彼との生活が終わることも。
わたしに与えられた選択肢は、最初からひとつだけだった。
「十和くん、早く帰ってこないかなぁ」
鞄をクローゼットに戻すと、ドアを閉めて部屋をあとにした。
────玄関前の廊下に座って、彼の帰りを待っていた。
膝を抱えながら壁に背中を預ける。
ふいに足音が近づいてきて、はっと立ち上がった。
鍵が回ってドアが開くと、眩しいほどの光が射し込んでくる。
ばたん、と彼の背後で閉まる。
わたしの姿に気づいた十和くんは、はっと息をのんだ。
「……っ、芽依」
どさ、とその場に荷物を取り落とし、泣きそうな顔で一歩踏み込む。
強く抱き寄せられて、わたしは彼の腕の中におさまった。
いつもの温もり、いつものにおいに安心する。
「いなくなっちゃうかと思った……」
「もうこんなふうに試さなくても大丈夫だよ」
ぎゅう、と強く抱きすくめてくる腕の力に何だかほっとしつつ、小さく笑って続ける。
「言ったでしょ、わたしを信じてって」
「信じてた。信じてるよ……。でもやっぱ、すっごい怖かった」
彼は一度わたしを離し、存在を確かめるように頬に触れた。
指先はいつになく冷えきっていて、その不安感を表しているみたい。
「帰ってきて芽依がいなくなってたらどうしよう、ってもう一日中気が気じゃなかった」
頬に添えられたその手に、自分のてのひらを上から重ねる。
体温が混ざり合った。
このまま彼の不安もぜんぶ溶かしてしまいたい。