スイート×トキシック
*



 入浴を終え、布団に潜り込む。
 久しぶりにこのふかふかの感触に包まれた。

(あったかい……)

 もう、露骨(ろこつ)()り寄ることも(あらが)うこともやめた。

 十和くんときちんと向き合って、関わることに積極的になろうと決めた。

 そうしたらまずは布団が返ってきた。拘束されなくなった。
 少しずつ、快適さと人間らしさを取り戻しつつある。

 だけどわたしの態度変化は、それを期待しての打算(ださん)によるものではなかった。

 本当に純粋に、彼という人物を理解してみたくなっただけだ。



 ふと、夕食時の会話が蘇る。

『……俺が好きになったのは、その人だけ』

 伝えられなかったのは、叶わぬ恋だったから。

(かなり、思い入れがありそうだったな)

 今はわたしだけだと言っていたけれど、彼女を忘れてはいないように見えた。

(わたしは初恋なんて覚えてないのに)

 わたしの“好き”は上書き保存されていくのだ。

(十和くんは違うんだ)

 そういうものなのだろうか。

 もやもやと黒い煙のようなものが立ち込めていくような気がした。

(……わたし、何をそんなに気にしてるんだろう)

 十和くんの恋愛事情を聞いたのは、彼の本性を探って、わたしが殺される可能性を見極めるためだったはずだ。

 いつの間にか道を逸れていた。

 あくまで彼女が生きているなら、この話はもうおしまいでいい。

 なのに、そればかりが頭の中を駆け巡っている。

(わたしにそんな価値があるのかな)

 それほどに好きだった初恋相手を上回るような価値が、わたしなんかにあるのか分からない。

 わたしのどこがいいんだろう。
 前にも聞いたが、考えるほど不思議だ。

 ごろんと寝返りを打ち、仰向けになった。
 照明が眩しい。

 この部屋はずっと電気がついているから、余計に時間の感覚が狂ってしまう。

「…………」

 目を刺すような明るさが、わたしの頭を()えさせた。

 だんだん冷静になっていく。
 血の気まで引いたのか、何だか寒くなってきた。

(ていうか、その人……本当に生きてるの?)



 ……何かおかしい。
 ()に落ちない違和感が引っかかっている。

「!」

 ────そうだ、大事なことを忘れていた。

 床の上に横たわる、畳んだワンピースに目をやる。
 手を伸ばして広げた。

 どく、どく、と心音が速くなっていく。

(これは誰のものなの?)
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