四月のきみが笑うから。

「先輩。どうしたんですか」


 ただそれだけを訊ねた。

 大丈夫ですか、とは訊かなかった。訊いてはいけなかった。


 先輩はわたしに「大丈夫」かどうか、訊ねたことは一度もない。


 大丈夫?と訊かれると、決まって大丈夫だと答えてしまう。

 今まで向けられたその言葉は呪いのようで、心配されているはずなのに、とても苦しかった。


 背を向けたまま、風に髪を揺らす先輩は、こちらを振り返ることなく、小さく告げた。



「もう全部、やめてしまいたくなった。怖くなったんだ、すべてに」



 夢、受験、将来、成績。

 そんなことしか思い浮かばないのは、わたしが彼を知らなすぎるせいだ。


 ゴールまでまっすぐに進んでいる先輩しか見たことがないから。いつも笑っている先輩しか見たことがないから。

 振り返った先輩が浮かべた、今にも消えそうな微笑に、わたしは思わず息を呑んだ。
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