四月のきみが笑うから。

 出逢った駅で、一日の話をして、笑い合って、一緒に帰る。

 そんなささやかな幸せでいい。


 それだけでわたしは十分生きていける。


「待ち合わせは、この駅で」

「了解」


 スっと伸びてきた先輩の手が、ポン、と頭にのる。

 それがなんだか恥ずかしくて、それでもやっぱり嬉しくて、無意識のうちに頬が緩んでしまう。


「ありがとうございます、琥尋(こひろ)先輩」

「うわ、すっげえ不意打ち……」


 言葉にしよう。伝えよう。

 思いを共有して、同じものを分け合って、与え合う日々は、きっと彩りあるものになる。

 ずっと嫌いだった春も、四月も、季節が巡れば必ずやってくる出逢いと別れも、今はすべてが愛おしい。


 照れを噛み殺していた先輩の目が、スッと細くなり、色を含む。

 まっすぐな瞳がわたしをとらえ、薄い唇から静かな音が紡がれた。


「これから先も、何度だって助けにいく。四月の瑠胡が笑えるように」


 ほんのり色づく頬と、風にのって届く春の香り。

 キイ────と、目の前で電車が止まる。


「帰るか」

「はい」


 そっと差し出された手をとると、わずかなぬくもりが伝わった。




「ねえ、先輩」


 電車に乗り込む瞬間、ふと言葉にしたくなって、手を引かれたまま呟く。

 先輩に教えてもらった、大切な気持ちが、溢れた。



 わたしは春という季節が、四月という月が、目の前で笑顔を咲かせるあなたのことが────


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