大好きな義弟の匂いを嗅ぐのはダメらしい

迷惑だったのね

(そっか、ずっと迷惑に思ってたんだ)
 
 はっきり言われてわかった。 
 きっと今ユーリスは反抗期なんだ、それが過ぎたら、また仲良くしてくれる。そう信じていたけど、それは私のとんだ勘違いで、単なる希望だったことに気づいた。 
 とっくの昔にユーリスは私が嫌いになってしまったようだ。
 最近、目が合っても、ふいっと逸らされる。
 照れてるのよと思っていたけど、本当に嫌なだけだったんだ。

「そっか。ごめんね、今まで。もうしない」
「あ……、アリステラ?」

 呼ばれたけど、胸が痛くて苦しくて答えられず、涙がこぼれないうちに急いで部屋に戻った。
 
 今まで、お義父様もお義母様も私も、将来はユーリスと結婚して、この家を盛り立てていくんだと思っていた。
 そもそも「大きくなったら結婚しようね」と言ってくれたのはユーリスなのに。私はうれしくて「うん、私もユーリスのお嫁さんになりたい」と抱きついたものだった。彼が十歳のときのことだけど。
 その約束にしがみついていた自分が情けない。

 そういえば、ユーリスの十八歳の誕生日になにが欲しいか聞いたら、物ではなくて当日にリクエストさせてほしいと言われていた。
 リクエストってなにかしらって、ドキドキしていたけど、今わかった。
 きっと私との結婚をなしにしてほしいと言うつもりなのだ。
 嫌いな人にベタベタされて、結婚すると思われて、どんなに嫌だっただろう。

(ユーリスはずっと我慢していたのね。)

 そう考えたら、申し訳なくてポロポロと涙があふれた。
 口もとを手で押さえたけど、嗚咽が漏れる。

(ごめんね、ユーリス……)

 もうすぐ二十歳になる私には婚約者はいなかった。
 お義父様がすべて縁談を断っていたから。
 ユーリスが成人するのを待って、私との話を進めるつもりのようだった。それも間もなくで、私は楽しみにしていた。
 でも――。
 ここまで本人に嫌われているようじゃダメね。
 もうここにはいられない。
 どこか嫁ぎ先を探そう。
 ユーリスと結婚できないなら、この家を出て一人で生きていきたいと思っていたけど、私が結婚しなかったら、きっと優しいお義父様たちもユーリスも気にするだろう。
 この歳ではもうそんなにいい相手はいないかもしれないけど、後添えでもいいから、なるべくロッシェ侯爵家にプラスになる結婚相手を見つけなくちゃ。
 私は心に決めた。

(だから、今日だけは泣いていいかしら……?)

 こらえきれず、わっと泣き伏した。


 *-*-*  

 
 翌朝、目がパンパンに腫れていた私は朝食を自室でとった。
 とてもみんなの前に出られる顔じゃなかった。
 お皿を片づけにきたメイドが、ユーリスが心配していたと教えてくれた。
 でも、その優しさはかえって残酷だとうつむいた。
 そんなことを言われると、また泣けてくる。
 
 午後になって、ようやく腫れも引いてきたので、お義父様に話して、婚活を始めることにした。
 誰かいい結婚相手をさがしてほしいとお願いすると、お義父様は首を傾げた。

「本当にユーリスが君との結婚を嫌だって言ったのか?」

 お義父様は不思議そうにしているけど、残念ながら、誤解しようもなく、私にもわかるくらいはっきり拒絶されたのだ。

「はい。私は迷惑な存在なんだそうです。だから……だから、ユーリスには素敵なお嫁さんを見つけてあげてください……」

 自分で言いながら悲しくなってしまって、目に涙が溜まる。必死でこぼれ落ちないように目に力を入れた。
 本当にいいんだなとお義父様は何度も確認してくれたけど、このままユーリスと一緒に暮らすのはつらいと言うと、気の毒そうな顔をして、了承してくれた。
 もう数年ユーリスのよそよそしい態度は変わらない。私を嫌いになったのは確実だし、それが翻るとは思えない。
 私が出ていくしかない。

「ユーリスがすまなかったね……。二人は想い合ってると思っていたのだが。それじゃあ、君にもいい相手を探そう」
「いいえ、いつもよくしていただいて、ありがとうございます。これが最後のお願いになるはずなので」
「最後だなんて、さみしいことを言うなよ。本当に残念だ。ずっと義娘としてここにいるものと思っていたのに。妻もさみしがるだろう」
「お義母様にもちゃんとお話ししますね」

 私はこのあと、お義母様のところにも行った。
 お義父様と同じ説明をしたら、涙ぐまれた。
 そして、「ユーリスをとっちめてやるわ!」と怒り出したので、慌てて止めた。

「いいんです! ユーリスは十分優しくしてくれました。結婚したくないと思われたのは私が悪いんですから」

 今思うと、ユーリスが好きすぎて、ベタベタしすぎたし、ドン引きされるようなことをいろいろやらかしていた。
 
(本当に自業自得だわ)

 苦笑するしかない。
 どうしてもっと早くに気がつかなかったのだろうと、自分の馬鹿さ加減にうんざりする。

「ユーリスが悔しがるような素敵な相手を見つけてあげるわ! アリステラちゃんはこんなに可憐でかわいいんだから、引く手あまたよ」

 落ち込む私を励ますように、お義母様が言ってくれる。
 でも、私は首を横に振った。

「素敵な方じゃなくていいんです。できれば、若くなくて、後添えを探しているような方がいいんです」
「後添え!? どうして? やけにならなくてもいいのよ?」
「私、相手の方のことを愛せるか、自信がないんです。だから、後添えのほうが気が楽で――」
「アリステラちゃん……!」

 いきなり抱きしめられて、目を白黒させる。

「どうして!? こんなにかわいくて健気な子と結婚したくないなんて、ユーリスの見る目を疑うわ!」

 怒ったり泣いたり、また怒ったり、感情の変化に忙しいお義母様をなだめるのに一苦労した。くれぐれもユーリスを叱るようなことをしないでくれと頼んだ。
 ユーリスとのことは悲しいけれど、ロッシェ侯爵夫妻の温かさに改めて触れて、私はなんて幸運だったのかしらとしみじみ思った。
 
 それからは張り切ったお義父様やお義母様に連れられて、連日舞踏会に出席することになった。今まではユーリスがエスコートしてくれたけど、お義父様自ら私をエスコートしてくれる。
 
 ユーリスはもうすぐ十八歳だ。その頃から王宮に出仕することになるので、準備で王宮と屋敷を行き来して忙しくしていた。
 私は逆に王宮勤めをお休みさせてもらっていた。
 今後結婚相手によって、勤め続けられるかどうかわからなかったからだ。
 私たちはすれ違って、同じ家にいるのに、顔を合わせることも少なくなった。
 さみしかったけど、ユーリスの顔を見たら泣いてしまいそうだから、ちょうどよかった。
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