気弱令息が婚約破棄されていたから結婚してみた。

「す、すみません、フォリシア……」
「謝らないでください、ジェラール様。お熱が出たのでは仕方ありません」

 その日の夜、ついに初夜ー!と意気込んでいた私だが、午後からジェラール様がお熱を出された。
 始終を刺して大人しく過ごしておられたのだが……魔力過剰症以外にも病弱だという話は本当だったんだな。

「最近刺繍に根を詰め過ぎておられたからですよ」
「す、すみません。でも、楽しくて……刺繍がこんなに楽しいなんて思わなかったです。教えてくれたフォリシアには、またいつかなにか……ハンカチやドレス――フォリシアには礼服の方がよいでしょうか? そういうものに、刺繍をしてみたいです」
「ジェラール様……」

 私の騎士の制服は、もう着ることはできない。
 あれは騎士団に所属している証だ。
 新しく動きやすく戦いやすい戦闘服は持っていたけれど、それにジェラール様が刺繍を施してくださるなんて……!
 それはもはや合法ショタのご加護では?
 私にとってこの世でもっとも価値のあるご加護!

「ふう……はあ……」
「もうお休みになられた方がいいです、ジェラール様」

 あーあ、このまま隣に寝ることはできないものだろうか?
 せっかくの夫婦の部屋だというのに。
 天蓋つきの、キングサイズのベッドだというのに。
 マルセルがめっちゃ睨んでくるしなぁ。

「……フォリシアが、嫌でなければ……」
「はい?」
「今夜は、隣に寝てくれませんか? 僕の熱は、その……移らないので……」
「もちろんです!」

 上着を脱ぎ、勝負下着のネグリジェを解放!
 ……と、思ったがルビに普通のワンピースパジャマなので予約で同衾できますとも!
 確かにいきなりより、お互いの体温を感じながら寝るところから始めてもいいかもしれないな。
 それはそれで、イイ……風情があって、イイ……。

「ジェラール様がいいのでしたら、ぜひ」
「はい……」
「では、ジェラール様の体調を考えて俺も今夜はお側で控えさせていただきますね」
「ぐぬっー」

 二人きりにはなれないか! くそ!
 でも、同じベッドでは寝られるのだから我慢しよう。
 ベッドの中に入ると、とても熱い。
 ジェラール様の体温が熱で高くなっているからだ。
 こんな状態なのに朝の約束を守ろうとしてくださるなんて……。

「ジェラール様、私もお側にいますからね」
「…………はい」

 我が家は――我が家は、誰も風邪をひいたことがない。
 流行病にも罹らない、強靭な肉体の持ち主ばかり。
 なんなら私も生まれてこの方、病を患ったことがない。
 だから、ジェラール様の体調不良が、よくわからなかった。
 けれどベッドが……手がこんなにも熱いなんて。

「熱が高いと……体が動かなくなると聞いたことがあります」
「そうですね……頭がずーっと痛くて、ぼんやりとして……時間の流れがとても遅く感じて……寒いのに暑くて……寂しくて、不安な気持ちになります。僕は幼い頃からマルセルが側で看病してくれていたから……寂しいことはなかったんですけれど……」

 想像するとすごく、しんどいな。
 しかも汗をかいて、服がびしょびしょになって気持ちも悪いとか。
 えっちな話かなぁ、と思った私は相当邪念にまみれているな。
 ジェラール様は苦しそうなのに。

「普通の人のように……外で遊ぶことも体を鍛えることもできなくて、家の中で人に迷惑をかけないように勉強することしかできなくて……魔力過剰になると、マルセルも僕に近づくのが難しくなることもあって……」

 そう、話し続けるジェラール様。
 ジェラール様の、生い立ち。
 これはこれで貴重なお話だな。

「クラスがプロフェットと言われてみんなが大喜びしてくれたのに、一度も予言も予知夢もなくて……役に立たないな、と。誰も口にはしないんですけど……だからこそ……」
「それは誰もそんなことを思っていなかったからでは?」
「はい。でも……僕が気にしてしまうんです」

 確かに……。
 大陸で唯一無二のプロフェットと言われたら重圧はすごいだろうな。

「どうして僕は……こんなに役に立たないのだろう……」

 これは……なんと声をかけるのが正解なのだろうか。
 なんとなく、目がぼんやりとしている。
 熱に浮かされて、独り言のように語っているように見えた。
 ……思えば私の人生は他人を助けること、守ること、人の役に立つことが多かった。
 だって私は騎士だから。
 深く考えず、本能のままに生きてきたからそんなに考えたことなかったなぁ。
 ジェラール様は――考える時間がたくさんあって、たくさん、考えてしまったのだろうな。

「ジェラール様は……私と出会ってくれたではないですか」
「え……」
「ジェラール様は私の理想そのものです。諦めていた理想の――男性です」

 あぶね。
 危うく合法ショタって言いそうになった。
 セーフ。

「ジェラール様に出会えて私は幸せです。だから、ジェラール様にもそう思ってもらえるように、私はずっとお側でジェラール様に私の気持ちを言い続けますね。……一目惚れしました。あなたを永遠にお守りしたい。私をたくさん頼って、甘えてください。あなたを守ることで、私は私の存在価値を何度でも確認できる。あなたが私を見てくれる限り、私は戦える。守られてください。それを悪いことだと思わないでください。守ることでしか、私は……自分の存在価値がわからない。そういう人間もいるのです」

 それはナイトクラスの性分だ。
 ジェラール様を守りたい。
 この尊い可愛い存在を。
 合法ショタは保護されて、守られて然るべき。

「……不思議な人ですね……フォリシアは」
「え、そうですか――あ……おやすみなさい」

 スヤ、と目を閉じてジェラール様が眠られた。
 眼福すぎて……鼻の筋肉と血管の強化が間に合わない気がしてきた。
 いや、私ならできる。
 やれ、やるんだ、私。
 徹夜? 上等だな。

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