後宮毒見師伝~正妃はお断りします~
皇帝の側室
馬星星と同部屋のため、雨のことで彼女に迷惑がかかったらどうしようかと考えていたが杞憂だった。全く視えない彼女では存在自体が無くなったように、雨とぶつかりそうになっても、すうと通り抜けて当たることはなかった。自分は雨に触れるのに、実に奇妙なことだ。
きっと誰彼に話していいものではないだろう。夏晴亮は雨のことを一切漏らさず、秘密の相棒として生活した。
生活と言っても、馬宰相の言う通り世話の必要が無く、たまに頭を撫でたりボールを転がして遊ぶくらいだった。きっとこの行為もいらないと言われたらそれまでかもしれないが、夏晴亮自身が雨のことを気に入り、可愛がりたいのでこうしている。
「ふふ」
今は休憩時間なので、後宮の間取りを覚えるためにあちこち歩いている最中だ。
「ただ歩いているだけでも、阿雨が一緒だから楽しいね」
「わん」
雨を世話するようになって、迷子になることがなくなった。夏晴亮が迷っても、雨が率先して道案内をしてくれるからだ。しかし、いつまた一人になるかもしれないので、こうして覚えようと頑張っている。
「こんなにはっきり視えるのに、阿雨は他の人に目に映らないのは本当に不思議」
愛らしい姿を皆にも知らせたいと思う反面、独り占め出来て嬉しいとも思う。
「我儘ね、私」
雨を撫でると、甘えた声で答えてくれた。
毎日散歩しているので、後宮内にもだいぶ慣れてきた。この先を歩くと見えてくるのは調理場。後宮内で夏晴亮の二番目に好きな場所だ。
匂いに釣られてそちらへふらふら吸い寄せられていると、調理場から女性が一人出てくるところだった。
「余紫里様」
「あら、可愛らしい方」
拱手して挨拶すると、笑顔を返された。
会ったのは初めてだが、皇帝一族については似顔絵を渡されているので知っている。第一皇子の顔を知らないという失態を犯したため、馬宰相から似顔絵一覧を即日配布されたのだ。
彼女は皇帝の側室である。側室と言っても、正室の皇后以外には側室の彼女しかいないため、彼女の地位も高いものとなっている。背が高く、涼し気な目元が印象な女性だ。
暇を出されたくない一心で必死に覚えた遠い記憶によれば、彼女には一人皇子がいたはず。第二皇子、つまり任深持の異母弟だ。
「見かけない顔ね。貴方なら、一度会ったら絶対忘れないわ」
「新人の夏晴亮です。お初にお目にかかります」
「阿亮。そうなの、頑張って」
「有難う御座います」
余紫里と別れる。妙に変な汗を掻いてしまった。会話におかしなところは全くない。ただ、なんだか緊張する相手だった。
「阿雨も動かなくてお利巧だったね。やっぱり緊張してた?」
雨を見遣ると、余紫里がいなくなった方角を見つめていた。何か気になることがあるのだろうか。その時、夏晴亮が閃いた。
「毒を入れた犯人探し、私出来るかもしれない」
きっと誰彼に話していいものではないだろう。夏晴亮は雨のことを一切漏らさず、秘密の相棒として生活した。
生活と言っても、馬宰相の言う通り世話の必要が無く、たまに頭を撫でたりボールを転がして遊ぶくらいだった。きっとこの行為もいらないと言われたらそれまでかもしれないが、夏晴亮自身が雨のことを気に入り、可愛がりたいのでこうしている。
「ふふ」
今は休憩時間なので、後宮の間取りを覚えるためにあちこち歩いている最中だ。
「ただ歩いているだけでも、阿雨が一緒だから楽しいね」
「わん」
雨を世話するようになって、迷子になることがなくなった。夏晴亮が迷っても、雨が率先して道案内をしてくれるからだ。しかし、いつまた一人になるかもしれないので、こうして覚えようと頑張っている。
「こんなにはっきり視えるのに、阿雨は他の人に目に映らないのは本当に不思議」
愛らしい姿を皆にも知らせたいと思う反面、独り占め出来て嬉しいとも思う。
「我儘ね、私」
雨を撫でると、甘えた声で答えてくれた。
毎日散歩しているので、後宮内にもだいぶ慣れてきた。この先を歩くと見えてくるのは調理場。後宮内で夏晴亮の二番目に好きな場所だ。
匂いに釣られてそちらへふらふら吸い寄せられていると、調理場から女性が一人出てくるところだった。
「余紫里様」
「あら、可愛らしい方」
拱手して挨拶すると、笑顔を返された。
会ったのは初めてだが、皇帝一族については似顔絵を渡されているので知っている。第一皇子の顔を知らないという失態を犯したため、馬宰相から似顔絵一覧を即日配布されたのだ。
彼女は皇帝の側室である。側室と言っても、正室の皇后以外には側室の彼女しかいないため、彼女の地位も高いものとなっている。背が高く、涼し気な目元が印象な女性だ。
暇を出されたくない一心で必死に覚えた遠い記憶によれば、彼女には一人皇子がいたはず。第二皇子、つまり任深持の異母弟だ。
「見かけない顔ね。貴方なら、一度会ったら絶対忘れないわ」
「新人の夏晴亮です。お初にお目にかかります」
「阿亮。そうなの、頑張って」
「有難う御座います」
余紫里と別れる。妙に変な汗を掻いてしまった。会話におかしなところは全くない。ただ、なんだか緊張する相手だった。
「阿雨も動かなくてお利巧だったね。やっぱり緊張してた?」
雨を見遣ると、余紫里がいなくなった方角を見つめていた。何か気になることがあるのだろうか。その時、夏晴亮が閃いた。
「毒を入れた犯人探し、私出来るかもしれない」