後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

花の落とし主

夏晴亮(シァ・チンリァン)、花をもらったそうだな」

 翌日、ふらりと第一皇子が部屋にやってきた。急なことで、夏晴亮が目を丸くさせる。馬星星(マァ・シンシン)は間もなく戻ってくる予定だが、今はいない。

任明願(レン・ミンユェン)先輩に頂きました」
「それをか……!?」

 奥にある過敏を指差される。そこには二つの過敏が並んでいる。

「はい。花束の方を。たまに落ちているお花と同じなので、もしかしたらそちらも任先輩が落としたのかなと──」
「違う!」

 任深持(レン・シェンチー)が声を張り上げた。花のことで感情的になる理由が分からず、どう反応していいのか動けなくなってしまう。

 しばしの沈黙が流れる。意を決した任深持が夏晴亮に近づき、後ろ手に隠していた花を差し出した。

「いつも花を置いていたのは私だ」
「えっ」

 てっきり誰かが花束を買って、そこから一本落ちたものだと思っていた。わざわざ第一皇子自ら購入して置いてくれていたとは。

「部屋の前に置かれていたのは、もしかして馬先輩に」
「お前にだ!」
「私に!?」

 何故、自分に花を渡すのかが分からない。今までの態度から察するに、まさか、任明願のようなことではないだろう。

「これは気付かず申し訳ありませんでした。以前落ちていたとおっしゃっていたので、任深持様が買われていたとは思っておりませんでした」

 任深持が苦虫を噛み潰した顔をする。謝ってみたはいいものの、やはり怒らせてしまった。ここで働くまで人との交流があまりなかったため、人の機微に疎いことは自覚している。

「……明日、酉の刻、毒見の届け人を私が務める。同室者は席を外すよう伝えてくれ」
「あ、えと、承知しました」

 やや重苦しい、低い声でそう言うと、静かに任深持が帰っていった。怒っているのかと思ったが、違う気もする。毒見はたいてい馬宰相が来るが、明日は第一皇子がするという。

 何か、何かしたのだ。恐らく自分が。今の会話で第一皇子の何かに触れてしまった。困った。全然分からない。明日が来るのが怖い。

「亮亮、今第一皇子がいらっしゃったりしてた? そこですれ違って」
「馬先輩~~~~!」

 相談相手という救世主が戻ってきてくれた。夏晴亮が涙目で抱き着く。馬星星は夏晴亮の頭を撫でながらたどたどしい説明をゆっくり聞いた。

「なるほど、だいたい分かったわ」
「この場にいなかったのにさすがです!」

 話を聞いただけで理解したらしい。様々な位の人間と関わる宮女の仕事を長くしているだけある。

「じゃあ、私はどうすれば」
「馬先輩にまっかせなさ~い!」

 馬星星が片目を瞑って自信満々に言った。
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